日向:まず初めに、お二人の第一印象をお聞かせいただけますでしょうか。
船井:いつ会ったか・・忘れたけどなぁ・・(笑)
佐野:あれ多分、会長と初めてお会いしたのは家内(ゆかりさん→会長の長女)との結婚のお願いに伺ったとき違いますかね?
船井:あんまり覚えてないなぁ。
・・僕は、子供が3人いて、1番、私に似てるのが、ゆかりなんだよ。だから、ゆかりに養子を取って船井総研の跡取りにしよう。初めは、こう思ってたんだよ(笑)。
佐野:あはは(笑)。
船井:初めはそう思ってたから、「こいつ、養子にしたいな」って思う男を見つけてきて、「結婚せい」と言って薦めたけど全然だめで、その後ゆかりは、宝塚に行ってしまって幼稚園の先生になった・・・その後すぐくらいだったんちゃうかなぁ?
佐野:そうですね、割と早かったですね(笑)。
船井:4月から宝塚に行って、自分の出た幼稚園の先生になって・・2〜3ヶ月ぐらいで「結婚したい」と言い出したようだったね?
佐野:早かったです・・すごく、早かったですね(笑)。同じ学校の教師仲間でした。
船井:それで、「高校の先生では、跡取りにならんなぁ」と思ったのは確かやけど・・・(笑)。
佐野:だって会長、私が、初めてお会いしたときに、いきなり「教師辞めないか」っておっしゃったの覚えてますか?
船井:あ〜、忘れた。それは、覚えてないね。
佐野:「そんな事やってんと、教師なんか辞めてわしのところへ来い」っておっしゃったこと、私は覚えてますよ(笑)。
船井:そうだったかな〜。「先生じゃ跡取りにならんからなぁ」と思ったことだけは覚えてるなぁ。それ以上は覚えとらんわ(笑)。
日向:では、佐野さんは、いかがでしたか?
佐野:いや、実は僕もね、「よく覚えているか」といったら覚えていないんですよね。家内はよく覚えてるみたいですが、あれ何月やったか忘れたんですけどね。結婚のお願いに伺ったときに、もう緊張してて何にも覚えてないっていう感じでした(笑)。ただ・・僕は、すごく狭い世界にいて、船井会長は、全然違う広い世界におられるから、なんというか、すごい「大きさ」を感じた事は覚えています。でも、やっぱり1番最初は、結婚する人の「お父さん」っていう感覚だから、怖かったですよね(笑)。
日向:初めてお会いになられたときは、会長がこのような立場の方だというのはご存知でしたか?
佐野:うん、ある程度はわかってたけど、やっぱり勉強不足でね。当初は、会長のことはよく知らなかったんです。でも、会長とお会いした後に本をいろいろ頂いて、「これを読んで勉強しろ」って言われて、それを読んでいるうちに徐々に焦点が合ってきたというか。でもホントのホントに焦点が合ったのは、船井総研で仕事をさせてもらってからかな? それまでは、いわゆる「バーチャル」の世界のような感じでした。初めてリアルに感じたのは、船井総研に入っての2年間でですね。
日向:そうですか。そういう船井会長が、ご結婚されることによってお父様になられたわけですが、感想としてはいかがですか?
佐野:う〜ん・・どうなんだろう?あんまり僕は抱えないし、こだわらないので、「だから、どう」って言うのはなかったですね。やっぱり書物を通してというのが多くて、直接っていうのがあまりなかったですからね。東京と大阪でしたし、はじめは・・・ たまに家族で里帰りしてっていうのはありましたけど、そんなによく会う機会はなかったから、やっぱり書物を通して会長の考えかたを知るっていうのはすごくありました。だから、すごく本を読みましたよ。
日向:そうですか。
佐野:うん。ものすごく昔に出された本は別として会長が出された本は、だいたいほぼ全部読んでます。かつても読んでましたし。・・でも、会うごとに、「教師やめんかい」と言われたのは覚えてますね(笑)
船井:(笑)。
佐野:でも7年間耐えてきたんだけど、だんだん行きたくなってきたんですよ
(笑)。
日向:(笑)会長は7年間も言い続けたわけですね?
佐野:ちょくちょく会長おっしゃいましたよね?
船井:言うたような気はするな。
佐野:ええ。・・で、家内からも割と言われてたんですよ。「せっかく、そういうチャンスがあるなら行ってみたら?」って。でも、僕は教師が自分の天職だと思っていたから、断っていたんですけど、知らない間に私から会長に言ったんですね。「あの、ちょっとこっちの世界に行きたいんで、お願いできませんか」って。だから言い出したのは実は僕なんですよね?
日向:そうなんですか。
船井:佐野君には経営者の素質はあるんだよ。商売人の素質も佐野君にはあるんでね。
佐野:ありがとうございます。
日向:では、佐野さんに素質があるということは、教師をされていたときから会長は見抜かれていたんですか?
船井:教師の世界だけにおったらわからんけどな。僕は、たくさん人を見てきたからこれはいけるんじゃないかと思ったんだ。
日向:そうですか。・・では実際、社長業をされている佐野さんを見て、会長はどう思われますか?
船井:まぁ・・順調に育ってるね。育ちすぎくらい(笑)だよ。
日向:そうですか(笑)。
佐野:うれしいですね、ありがとうございます。・・それはやっぱりいろんな方をね、周りにつけていただいたじゃないですか。アポロの佐々木顧問やTHDの近藤社長、野々垣さん、岡田さん・・。周りの方に支えられてるっていうのがありますね。会長に対して、恩義や尊敬の念を持っておられる方を私の周りにつけていただいたっていうのは、一番の感謝ですね。だから、よくわかるし、それなりのプレッシャーももちろんありますけど、それも、いまは楽しめてますね。
日向:そうですか・・。 本物研究所も立ち上げて1年になりますけど、いま、どういうお気持ちというか、どういう考えで社長業をされているのでしょうか?
佐野:どういう気持ちで社長業をやってるか?う〜ん・・なんていうのかな、会長が作ってこられた「船井流」っていうのは、例えば「経営法」であるとか、または「人づくり法」であるとかですね。「人づくり」っていうのは船井総研のときに仕事としてさせてもらったのですが、ある種「船井流」というものを、「佐野」という人間を通して徹底的に具体化したい。だから、「会長だったらこう考えるだろう」、「会長ならこんな風に言われるだろう」、「船井流と照らし合わせてみてどうだろうか」ということを常々考えてやっていけば、100%間違いはないという風に信じているので、また確信を持っているので。やっぱり人を活かすことですよね?
船井:うん、うん。
佐野:人を活かせばやっぱり会社は活きてくる。だから、社員が活き活きしてくれていると嬉しいし。ただ、それだけじゃいけないと思うので、やっぱり社会貢献もそうだし、利益の追求もしていかないといけない。そのバランスの上で、成り立ってるのがやっぱり「船井流」だと思うから、それを徹底的に追求していきたいと思っています。でもそれはやっぱり、自分なりの味付けしかできないから、具体化するのは「佐野流」でいいんですよね会長?
船井:うん。それでいいよ。
佐野:ルールっていうか、根本の大きな部分は船井流で、しかし具体化していくにあたっては、自分のやり方でしかできないから、それは自分なりのやり方で具現化していったらいいのだという確信がありますね。
日向:はい、わかりました。それで、「人を活かすことが会社を活かす」ということをおっしゃっていましたが、会長から「人を活かすこと」のポイントを教えていただけないでしょうか?
船井:まぁ、いいとこを見つけて、それを伸ばしていけるように、助けてあげたらいいと思うよ。人を活かすというのは・・・まず、欠点を指摘しないで褒めることやな。
佐野:あぁ、そうですよね。・・いや〜、いま会長が言われた「助けてあげたら」って、その言葉が大事だと思うんです。それは、背中を押してあげるっていうことですよね?いいところを見つけて、褒めて、認めて、任せて、背中を押してあげる。その、繰り返しじゃないですかね?
船井:うん、そうだ。
日向:でもなかなか人を褒めるっていうのも難しいですよね?
船井:そんなことはない。
佐野:会長は、あっちこっちで褒めてくれますからね・・。先月の「船井family'sコラム」にも書いたでしょう?あれ、本の中で褒められるって、あんな嬉しいことはないですね。
日向:そうですよね・・
佐野:何万部も売れる本の中に、自分の名前が載ってる・・!また、自分の会社が載ってる!!っていうのは、ほんっとに嬉しいですよね。会長に直接、言葉を頂かなくても、回りまわって、「会長が君のこと褒めてたよ」って言われると、それもまた嬉しいですよねぇ。それを伝えてくれるかくれないかというのは、その人の判断ですからね。
日向:そうですね。
佐野:だから、会長は、褒めるということに関しては、それはもう、達人です。
日向:では、本物研究所を通して、今後どのような活動をしていかれるご予定かをお聞きしたいのですが・・。
船井:僕は、コンサルタントというのがひとつの天職です。それで船井総研を作って、まぁ一応、一人前になりました。二つ目の僕の天職は本物を研究開発・世のなかに普及すること。これが私の人生二番目の仕事のような気がします。たぶん、今後、一番力を入れることじゃないかな。その「本物」というものをもとに、「百匹目の猿現象」を起こそうと考えています。これから4〜5年、一番力を入れようと思って船井総研の次ぎに作った会社ですから・・とりあえず、柱になる商品を作って、それがどれだけメリットがあるかを皆に伝えて行きたいと考えています。そして商売も上手にして、それによって、人づくりだけでなく、全国的にネットを張り巡らせ普及したいと思っています。
とりあえず、日本から、影響力が本物研を通じて駆使できるようにして、世界中に百匹目の猿現象を起こしたいなと思っています。そういう意味でも、佐野君は社長に適役だと思います。
佐野:ありがとうございます。
日向:では、佐野さんはいま、それに対して実際にどのような活動をされているのですか
佐野:いまは、会長の言われたネットワーク・・いわゆる、人脈、会長がいつもおっしゃる「もしも」の時に助けていただいたり、力を貸していただいたりと、そういう人間関係をあちらこちらに作っていけたらと思っています。そして同じような思いを共有する人たち、また企業をたくさん増やして一緒に活動していけたらという思いがあるので、いまは、日本各地に販売店を作っています。それと、商品も「核」となる商品が会長から言われてる通りにできてきましたので・・・それはもう、ものの見事にできあがってきましたね。例えば、「圧縮付加」とか「集中法」とかいう船井流の考え方がありますが、そうするまでもなく、長所がでてきますね。やっぱり、まじめに、誠実に頑張ってると、なんかそういうものに巡りあえるんでしょうかね。
船井:うん、うん。
佐野:やっぱり、核になる商品が出てきましたし、会長がもともと、コンサルタントをされていた時に、顧問先は経営者をよくしたら、人たちを元気にしたらよくなってきたとおっしゃっていましたが、そういうご経験の中から、生まれたところもあると思うのでね。そうやって、経営者の方であったり、一般の方であったりが元気になってくれると、その先にあるのは幸せ・・そんなところにつながっていくんじゃないかと思っています。そういうところをどんどん大きくしていきたいと思います。でも会長、この間私が、伺ったときにすごく印象に残っていることがあるんですが、「会長、究極の本物はなんですか?」とお尋ねしたときに、「それは人の生き方やなぁ。人やなぁ。」とおっしゃいましたよね。
船井:それは人だね。
佐野:それがすごく、印象に残ってるんで、本物研がしていくことというのは、商品を動かしていくということと同時に、並行して生き方や人についての本物化ですね。
船井:そうだね、結局はやっぱり本物の人づくりをやりたいと思うね。そのために、とりあえず日本に1000くらいの販売会社を作って、その会社の人たちを対象に、月1回ぐらいどこかに集まってもらって、本当の人になるとともに商品をうまく売れるように勉強してもらって、そういう輪を広めていくのが一番早いんじゃあないかと思っているんだけど・・・人づくりとともに、やっぱり商売は儲からないといけないから、それも含めた勉強会などを開きたいと思っています。
75歳以降の僕の仕事はできたらそれだけにしようと思っているくらいです。それまでに僕の代りの人づくりをきちっと確立しようと思っているけど。
日向:そうですか・・
佐野:ある意味では、すべてにおける船井流を、説いていかれるというか、そういうイメージでしょうか?
船井:うん。そういう意味では、幸塾は、たぶん75歳を過ぎたら私が塾長になるから、幸塾と、本物研を輪にしてやってみたいなと思っています。
日向:では次に、これからの企業の在り方についてご教授ください。
船井:企業経営には、いまのところ必ず「大義名分」がいります。その大義名分が、自然の摂理にかなっているということ。それからトップがそのことを知って率先して行動に移して、トップ以下が一体化することが大事だね。企業というのは、社会性・教育性・収益性がともに大事なので、その3つをきちんと追及できるように、バランスを取ってやることじゃないかなぁ。
佐野:会長の、過去からの文献をず〜っと見てますと、時期ごとに、この「社会性・教育性・収益性」の順番が変わっていますよね。かつては収益性が1番だったでしょう?
船井:昔はね。今は収益性は、3番目でいいと思う。
佐野:そうですよね。
船井:社会性と教育性どっちがどっちかわからないけど・・・どっちももっとも大事だね。
佐野:あるときには、社会性が1番になっている時期があったり、いろいろ変化してますよね。これは、船井総研の大野さんに教えてもらったんですよ。「会長のお考えの中には歴史があるんだ」ということを教えてもらって、それをずっと中心に昔の会長の本を読んでいくとまた面白いんです。だから、会長の本はいろんな読み方ができますよね。
日向:あぁ、そうですね。
佐野:ひとつのキーワードを探していく読み方なんですよ。実は僕は、「社会性と教育性と収益性」について探して読んだことがあるんですよ・・・。いまは、会長、教育性と社会性は並列してると考えていいのですね?
船井:おんなじぐらい大事だね。並列して考えたらいいよ。でも資本主義社会下では収益性も必要だよ。収益性のないものなんて成り立たないしね。
佐野:そうですよね。
船井:私は、基本的には生活力のない人間は物を言うべからずって発想なんですよ。
佐野:やっぱり企業体ですから、利益は取れないと駄目ですよね。
船井:うん。個人でもね、自分一人、まともに食っていけない人間はやっぱ駄目だな。
日向:・・耳が痛いですね(笑)。
佐野:でもそれはある種、やっぱりセルフマネジメントですよね。それは、企業も同じ。利益が出ないと社員を食べさせていけないし、社員が路頭に迷ったら、それは経営者の責任ですからね。会長、そうですよね?
船井:うん、そうそう。人を雇っている以上どんなことがあっても給料は払わないとね。これ大変なんだよな、払う方は・・・。それが一番、人を使ったときの責任だね。給料を払って、守ってやらないといけないっていうのが・・・。
佐野:それは、人が増えてくるとすごく感じますね。最初、本物研は社員5名だったんですね。副会長を入れて5名。それがいまや、約20名の所帯になって、ひしひしと感じますよ(笑)。だから、給料を払えるということがもう喜びというか「今月もちゃんと給料払えてる」っていうのは、これは、嬉しいことですね。
日向:すごい覚悟がいりますよね。
佐野:うん。会長はそれをゼロからやられてきたんだから・・・。僕の場合は、会長っていう存在がいて、下地を作っていただいて、周りにサポートしてくださる人を配置していただいて、作っていただいたから、絶対成功せんとアカンと思うんですよ。100%成功させんといかん・・・。
船井:僕はあの・・会社を作って上場するまで、いわゆる一人前になるまで18年かかったんですよ。事業始めてからなら19年かかったけど、本物研は5年ぐらいでそれくらいまで行ってほしいなと思っています。またできるんじゃないかなと思っています。やっぱり、一番はじめのときは大変だけどね・・・(笑)。それも経験つんできたら、だんだん楽になるわよ。
佐野:それは、もう覚悟しています。
船井: 5年で一人前にすると70歳で作った会社だから75歳になるね。そしたらその後は、好きなことをしたいね・・・ それにしても全社員がホントによくやってくれているよ。
佐野:ありがとうございます。
日向:では、佐野さんから、社長として会長に聞いてみたいことなどはありますか?
佐野:いや〜・・・それは、山ほどありますよ。でも先ほども言ったけど、僕はすごく周りから守っていただいて、経営者というところに据えてもらって、だから当然誰がどう考えても100%成功させることが義務付けられてるというふうに考えています。でも逆に、ゼロからやって来られた人の本当の意味でのしんどさとか、苦しさとか、そういったものは、もしかしたら僕は感じなくて過ごしていけるのか、もしくは感じたとしても、ずいぶんと柔らかなものしか感じないでいくようなのかなと、思ったりもするんですが・・・あとを歩むものとしてはそれでいいんですかね?
船井:それで、いいと思うよ。
佐野:逆に、会長のものすごくきつかったことというのが、どういうものだったのかことあるごとにお聞きしたいと思うのですが・・
船井:う〜ん、そうね。船井総研という会社を作るときに、元手が30万円しかなかったのでね。それを銀行に持っていって口座作ったんだが、それがいまの船井総研の前身です。個人経営の船井経営研究所です。それが100万になったら会社にしようと言ってたんだが、翌年の3月に100万になったので会社を作ったんだよ。
やっぱり給料払うってのはね、大変なんだよ。だから船井総研の給料日は、翌月10日払いになってるんです。だけどボーナスだけは早くと思って、6月1日と12月1日にきちっと払うことにしました。まぁ、何があっても社員は口開いて待ってるから給料は払わないといけない。これが1番大変だったな。それから何でも自分でやらないといけなかった。受注から、営業から、そういう仕事もすべて自分でやらないといけなかったんです。それでも大学出たてだったけど優秀な社員が5人ついてきてくれたから
・・・(笑)。それがいまの船井総研になって、30万円が150億円ぐらいにふえた。大きくなるもんだよ。
日向:すごいですね・・
佐野:じゃあ、会長以外はみなさんシロウト集団やったんですか?
船井:皆、大学出たばっかりで、私を慕ってマネジメント協会に入ったばっかりの人だったんだよ。それが泉田君とか太田君とか松本君とか・・。
佐野:あ、そうなんですかぁ。へぇ〜
船井:そういうメンバーで始めて・・私は、それまではマネジメント協会でトップコンサルタントだったからね。顧問先も250社くらいあった。ところが、辞めたらついてきたのが8社。
佐野:はぁ〜・・・。
船井:250分の8になったわけだけどね。そこからまた少しずつ拡げていったんだ。まぁ、いろいろあったけどな〜。
佐野:そうですか。
船井:それで、社名なんてどうでも良かったんだけど。大きくみえた方がよい、ともかく登記所に行って名前を何でもいいから付けて登記してこいと松本君に命令した。条件は、一番初めに日本か国際とつけて、二番目にマネージメントかマーケティングとつけて、三つ目にセンターでも協会でもなんでもいいからつけて登記してくるようにと言ったら「日本マーケティングセンター」という商号だけ、登記できたんだよ。
佐野:なるほどね。
船井:それが・・会社名になって、当時、「船井・・」なんていうのは、商売にならなかった。そんなことで日本マーケティングセンターができたんです。百万円の資本金で、大阪にビルの一室借りて保証金払って家賃払ったら、机は買えたけど、椅子を買うお金がなくてね。だから電話を1本だけ置いて、椅子が無かったので、家主さんの倉庫にあった丸椅子を借りに行ったら「そんな金もなくて商売するのか」ってエライ怒られてね(笑)。
佐野:あははは!そうなんですか!!
船井:それが昭和45年の・・ゆかりが生まれた頃のことだったかなぁ。・・非常に楽しかった(笑)。
それで、何ができるのかということになって、私がそれまでやってきた、自動車や、銀行や、製薬会社、それから、鉄なんかの業界は私以外は全然わからないし、メーカーのこともわからない。「それじゃあ、小売業のコンサルティングでもやるか」ということになって、小売業コンサルタント会社にしたというわけだ。しかし、作る以上は日本一にならないとしょうがないので・・。でもまぁ、あっという間に日本一になった感じはあったけどね。・・その点は案外器用だったと思うね。
佐野:そうですか。例えば小売のいろんなコンサルの手法がありますよね。あれはぜんぶ会長は、現場から理論化されたんですよね?
船井:そうだね〜。当時は、コンサルタントのノウハウなんか全然知らん人が小売業の先生をやってたから、私のようなプロがやったらホンマにあっという間に有名になったね。
佐野:ふ〜ん・・。
船井:まぁ・・いろいろあったけどね・・・。
佐野:そうですか、それに比べると有難いですよね。いまの僕らは・・・
日向:そうですね〜。
佐野:後を歩いていく者っていうのは、それは有難いですよ。ある程度、形が出来上がってるところを行くんですから・・。いや〜、ありがとうございます。
日向:最後に、これから本物研究所として販売店さんを募って大きな組織を作っていくと思うのですが、これからどういう組織作りと人財作りをしていきたいとお考えでしょうか?
佐野:そうですね、ひとつはやっぱり「本物研の販売店さんになっていただけたらこういうメリットがありますよ」ということと、また「こういう風に儲けていただけますよ」ということが、もっと鮮明に伝わっていくように、逆に、うちがもし何かリソースを持ててるとしたら、そういうものを活用していただいて、商売に役立てていただけるような、そういう仕組みづくりをしながら、できればフランチャイズ的な形の展開をしていきたいなと思っています。その中で、「船井流」の、いろんなやり方・手法、人づくりなど・・そういうところを会長が、先ほどおっしゃっていたように「いろんなところで」っていう、じつは僕も全く同じイメージを持ってたんですけど。ともかく多くの仲間をつくり、彼らとともに学びながら大きくなっていけるような・・そういう母体になれたらと思っています。
日向:はい。では、会長は、いまそのような販売店さんになってくれた方や販売店さんになろうと考えている方、その他の方も含めてなんですけど、『百匹目の猿現象』を起こすためのメッセージといいますか、何かありますか?
船井:本物研究所は、いい世のなかを作る決め手になる会社になるだろうと、私の直感でわかるので、しっかり付き合っていただきたいですね。「本物」は、これからの重要なポイントになるのです。その「本物」の「研究所」っていう名前をつけてるぐらいですから、ここに百匹目の猿現象を起こす決め手があると思います。ともかく、どんどん付き合っていただきたいですね。
佐野:ありがとうございます。
日向:佐野さん、そして船井会長、長時間ありがとうございました。
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