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出口:今回は、会長からお借りした「イラクの中心でバカと叫ぶ」(アスコム刊)の本から、戦争についていくつかお話を伺いたいと思っています。
船井:何でも聞いてください。知っていることは答えますから。
出口:まず、この本をお貸しくださりありがとうございました。ジャーナリストをされていた方が書いた本だけに、あるがままを受け止めて書いておられて、とても読みやすかったです。特に悲観的でも、被害妄想でも無神経でもなく、そのままの『戦争』の一面を垣間見ることができた気がします。
船井:うん、これは面白い本だね。僕も一気に読んだよ。
出口:いまは、考え方も変わりましたが、私は少し前までは日本に軍事教育が必要なんじゃないかなと思っていたんです。少し過激ですけど(笑)・・・。
船井:うん。若い人といっても、戦後生まれの男性を見ていると、そんな気もするね。
出口:日本にわけのわからない犯罪が増えてきたのは、平和すぎて、また核家族化ということもあって、「死」に対するリアリティーがなくなってしまったからなんやないかなと思うんです。「死」が身近にないから、ある意味バーチャルになってしまっていて、自分の命も他人の命も粗末にしてしまっているのではないかと思うのです。
船井:うん。ちょっと平和ぼけだね。
出口:昔の、日本に「武士道」があった頃の話について書かれた本などを読んでいると、すごくいいなと思うんです。もちろん野蛮に思える殺し合いもありますし、身分や差別といったものを思うと、いまのほうがずっと成長し、よい時代になったとは思います。でも、その頃にあった大切なものが失われているような気がするのです。たとえば、武士は常に「死」というものが背中合わせにあった。だからその分、いまある「いのち」というのが、すごく重みがあったように思うんです。生かされていることへの感謝、一瞬一瞬の時間の尊さが、いまよりずっと強いと思うのです。その良さを復活させようと、私の従兄弟の出口光が、人生の有限さを意識して豊かに、鮮やかに生きるための『サムライ時計』というものを最近、作りました。自分の「いのち」を粗末にするというところから、礼儀作法や美しい言葉遣いなどが、戦後ことごとく失われてしまったように思うんです。会長は、そのことについてどのようにお考えですか?
船井:いまの教育がよくない気がするね。これは、戦後アメリカが日本に押し付けたものです。日本人を無責任人間にしてしまおうと考えてつくられた教育ともいえるからね。
出口:はい。
船井:だからよくない方向に来てしまったとおもいます。・・もちろん、それ以前の明治という時代はね、それまでの日本の西洋風でないものをすべて否定してしまった時代なんだよ。とはいえ日本人の親切さとか親孝行、勉強好き、働き好き、武士道などは残りました。
出口:はい。
船井:「西洋に追いつけ追い越せ」でそれまでの日本をすべて否定しようとしたんです。その分、急速に成長して、それはそれでよかったのかもしれない。しかし、そのかわりにそれまでの日本の良さ、自然とか見えない世界を大事にするなどの一番大事なものをかなり失ってしまった。公的には、いわゆる近代科学以外のものを全部、否定しようとしたんです。教育制度も外国の真似をした。それが日本人のもともとの民族性にそぐわなかったのは確かだね。しかし、それでも戦後の教育よりはよかったね・・。
出口:はい。そうですね。
船井:社会制度全体としてはどうかわからないけど、教育制度だけでいえば戦前の方が戦後よりはよかったといえると思うよ。
出口:そうですね。
船井:戦後の教育には枠の中に当てはめてしまって均一化をはかるようなところがあるね。豊かになって・・・機会均等になったから、その分チャンスは拡がったのかもしれないが、本当に力がある人も枠に当てはめられて伸びにくいというか・・。やはり、教育も自由にのびのびと長所伸展していくのが一番いいと思うのだがね。これからは、もっと自由な教育システムも可能になると思うんだがね。
出口:はい。確かに、昔に比べて「自由」が減っていると思います。それやのに「秩序」も、昔から見ると大きく崩壊してきていると思うのですが。
船井:外見はね。しかし、日本人というのは基本的に秩序的な民族ですよ。
出口:はい。でも、昔に比べるととても乱れてきているように思えます。たとえば、長幼の序といったものが・・・
船井:う〜ん・・しかしね、戦争中の学校教育というものを私は受けてきたからよく知っているけど。・・一般大衆向け教育訓練は実にひどいものだったね。まぁ、軍隊の押し付け型教育というのは、推奨はできないね。
出口:そうですね。・・・私は、実際に軍事教育などを受けたわけではないので、本などから得た情報だけで勝手に判断してものを言っています。
船井:ただ、戦後、日本人から躾がなくなってしまったね。躾は必要です。昔は、社会がしつけ、家庭がしつけ、学校がしつけていた。ところがいまは、社会も家庭も学校も躾をしないから、若い人々は会社に入って初めて躾を受けている。そういう意味でも、会社に入らずフリーターのままずっといるというのは、よくないように思います。
出口: (笑)。私もこの春までずっとフリーターでしたが。・・・昔は、家におじいちゃん、おばあちゃんがいて、家庭の中でも長幼の序があるのがあたりまえでしたよね?私の父は、奄美大島出身で、時々、私も奄美に行きます。奄美の家庭はいまでも大家族が多く、子供たちものびのび自由奔放ですが、自然に、大事な部分の躾はされているなという印象があります。
船井:そうだろうね。核家族よりは大家族の方がいいよね。核家族が多くなって、しかも若い夫婦だけでは子供への躾もできない。大体、若い人自身、躾されてない人が多いのです。その上、いまは近所付き合いも都会ではなくなってきている・・・。
出口:そうですね。それも戦後大きく変わってしまった部分ですよね。私の実家は田舎なので、まだ近所付き合いもあるほうだとは思いますが。・・・ところで、アミの本や会長のご著書を読んでいると、この世から戦争は一気になくなるように思えてきたのですが。
船井:一気になくなると思うよ。もうすぐ発売になる『これから10年
大予測』という本のまえがきにもその辺のことを書いたけど・・・なくなると思うし、また、なくしていかないとどうしようもないと思っています。ともかく、一挙に変わるんと違うかな。
出口:一挙に変わるとなると、どうしても変化についていけないというか、変わることが難しい人もでてきますよね?その人たちの意識も一挙に変わるということはないのですか?
船井:いや、変えてほしいとは思っているけど、全員が変わるかどうかはわからないね。ムリだろうね。
出口:難しいですね・・。会長の本をしっかり読むように奨めます。
船井:話しをもどすが、軍事教育というのは良いところもあるし、良くないところもある。・・・実際に体験しているが、あれは何ともいえないな。僕は、いやだね。
出口:『イラクの中心で・・・』の中に、「そして思う。今度の戦争で、一日何人死んだのだろうと。バグダッド中心部にある市場での誤爆で四〇人か五〇人か。日本での一日の自殺者の半分程度である。総人口が違うから一概にいえないが、死者の数からいえば日本の方が深刻である。日本の場合、一年三六五日間、毎日約八〇人の死者が出るのだから。 日本にも、見えない戦場がある。空爆や砲撃はないのだが、死者の数からいえば、イラクよりはるかに悲惨な戦場なのだ。そう考えると、戦争国家にも平和国家にも、人間が死ぬリスクはあるのだという結論を出す。戦時下の国でウツ状態に陥ったり、風邪を引くバカはいない。そんなヒマはないのだ。 生き抜くために全力をあげる。戦争国家では、命はかけがえのないものとして大切にされる。平和な社会で生きる日本人は、ヒマだから精神の均衡を失って自殺したり、面白半分に人を殺したりする。平和国家では逆に命は軽んじられている。」という部分があります。確かに、日本には戦争はなくて平和やけれど、自殺者がこんなにもいるということを考えると・・・
船井:それはね、豊かすぎるからだと思います。しかし、「命を大切にする」のは、DNAに組み込まれていることなんです。どんな状況下でも、人間は「死にたくない」と本能で思うはずで・・日本人も、命を粗末にするから死ぬのではなくて、自殺する人は「死んだ方が楽だ」という状況に追い込まれて仕方なしに死んでいくのだと思うよ。私の知り合いの経営者でも、何人も死んでしまった人がいるけれど、「このままいくと、家族や社員が路頭に迷う。とはいえ自分にはどうしようもない。」と、どうにもならない状況に追い込まれた人が死んでいっているのです。やっぱり死にたくなかったけど、どうしようもなかったのだと思います。そのつらい気持ちは、わかりますよ。
出口:そうですか・・・。
船井:戦争に負けた時に自殺した政治家や軍人も大勢います。だから自殺の良否はあまり一概には、言えないと思いますね。しかし、戦時中の日本はいまの北朝鮮と同じような状態でね。天皇という「絶対」の存在のもと、厳しい束縛と規律の中で皆が生活していたのです。
出口:そうですか。しかし、日本の場合、明治維新を起こした人たちがいて、彼らによって天皇家は「絶対」の存在になったわけですから、その点は北朝鮮とまた違ってきますよね?天皇家にとってもどうしようもなかったことというか・・・。もちろん、ずっと昔には名実ともに「絶対」の存在やった頃もありますが。
船井:うん、どうしようもなかったと思うよ。お気の毒ともいえるね。現実に江戸時代は将軍家絶対の世だったのだからね。
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