トップが語る、「いま、伝えたいこと」

このページでは、舩井幸雄の遺志を引き継ぐ舩井勝仁と佐野浩一が、“新舩井流”をめざし、皆様に「いま、伝えたいこと」を毎週交互に語っていきます。
毎週月曜日定期更新
2025年12月8日
未来への一歩。こうしてぼくたちは出会った……。 (※佐野浩一執筆)

 ドクターリセラ社の社長、奥迫哲也さんは、曾祖父、祖父母、両親、妹二人、弟一人という大家族に囲まれて育ちました。そんな長男の哲也さんの価値観を形づくったのは、小学3年生のときに訪れた祖父の死でした。初めて出会う喪失に打ちひしがれ、死とは何か、生きるとは何かを何日も考え続けていたある日、光善寺のご住職・波北彰真氏が声をかけてくれたのだそうです。
 「よくぞこの世に生まれてきたもんだ。おじいさんは、お前みたいな孫に悲しんでもらえて幸せな人生だったよ」
 ご住職は穏やかな声で語り、外の景色を指さしながら、「草も木も虫も小鳥も、光の中でそれぞれのいのちを輝かせている」と教えたそうです。その瞬間、哲也さんの胸には「一度きりの人生、人の役に立つように生きたい」という誓いが刻まれたのでした。
 一方、静岡で育った奥迫協子さんもまた、幼い頃から敏感で、人の痛みを見過ごせない優しい感性を持っていました。しかし、成長とともに悩ませたのは自身の「お肌の不調」でした。思春期の頃から長く続いた赤みや乾燥、化粧品が合わずに悪化してしまう辛さ。外からは見えにくい悩みだけに、誰にも言えない苦しさがあったと言います。「どうしてお肌はこんなに素直に応えてくれないんだろう……」。それは彼女の長年の問いとなったのです。
 高校3年生のとき、哲也さんは骨軟骨腫という病気を患い、手術のために入院されます。未来への不安を支えてくれたのは、献身的な医師や看護師さんでした。彼らの姿に触れ、「医療ならば人の役に立てる」と心に火がついたのです。しかし医大を目指して猛勉強したものの叶わず、縁あって大阪薬種商専門学校へ進学されました。
 同級生の多くは家業を継ぐために来ており、自らの理想との温度差に戸惑い、薬品会社に就職しても「利益を優先し、心に寄り添わない販売現場」に大きな違和感を抱えました。販売の現場では、化粧品に関するもうひとつの疑問も膨らんでいました。なぜ高価なものほど刺激が強く、肌が弱る人がいる一方で、シンプルなケアの人のほうが肌が美しいことがあるのか……?
 この問いが、後に協子さんと共有する大きなテーマとなります。
 協子さんの肌は、年齢とともにさらに揺らぎやすくなっていました。高価な化粧品を使っても改善せず、むしろ荒れてしまう……。「自分の肌が悪いのだ」と責めたこともあったそうです。しかし成分を調べるうちに、化粧品には肌が本来の力を弱めてしまう“不要なもの”が多い現実を知ります。
 哲也さんは24歳で「カウンセリングを重視した薬局をつくる」と決意されました。独立資金を貯めるために毎朝アルバイトをし、漢方・薬膳の勉強を重ね、やがて漢方専門店「薬膳薬局」を開業されます。薬の力に頼りすぎず、体が本来持つ治癒力を取り戻すという東洋医学の考え方に深い共感を抱き、「心と体、そして生活習慣まで含めた“根本からの健康づくり”」をめざして独立されたのです。
 協子さんとの二人三脚の経営は困難の連続だったといいますが、お互いを信じ、誠実にお客さまと向き合う姿勢は変わりませんでした。
 そこで訪れた多くのお客さまが抱えていたのは、体の不調だけでなく、肌の問題だったのです。「根本から整える」という漢方の思想を肌にも活かしたい……。協子さんの悩みを救いたい。そんな思いから、“不要なものを使わない化粧品づくり”に挑戦することを決めたそうです。
 こうしてお二人は、漢方薬局から化粧品メーカーへの転身という、大きな決断を下すことになりました。周囲からは「無謀だ」と言われ、資金面でも厳しく、化粧品の製造知識もゼロからのスタート。夜遅くまで勉強し、専門家のもとへ通い、試作品をつくっては失敗し、また挑戦する日々が続きました。でも、「肌に悩む人を救いたい」という一点だけは揺らぐことはありませんでした。
 そんなとき、転機が訪れます。沖縄の海洋深層水との出会いでした。人間の体液に近いミネラルバランス、清浄性、安定性。その特性を知るほど、「肌が本来の力を取り戻すための化粧品の理想のベース」になり得ると感じたのです。
 試作品が完成し、協子さんが初めて肌に乗せた瞬間、「あ、お肌が呼吸している…」と涙が出るほどの衝撃を受けたといいます。膜感も刺激もなく、ただ素直に肌が応える……。その体験が、ドクターリセラ社の哲学、「不要なものを使わない」に命を吹き込みました。
 しかし、飲料水開発には大きな壁を感じていたそうです。化粧品だけでなく、深層水の飲料水も全国から喜びの声をいただいていたのですが、物流コストの高騰により、深層水と混合する“良い水”を新たに探す必要が生まれていました。しかし“硝酸態窒素ゼロ”という絶対基準を満たす水にはなかなか出会えず、調査は難航します……。
 そんなとき思い出したのが、10年前から3名の知人が別々に勧めてくれていた「和歌山県・ゆの里」の存在でした。不思議な一致に導かれるように、2020年11月、哲也さんと役員4名は“お水のお話会”に参加されたのです。
 ゆの里の重岡昌吾社長が語る、水との出会い、研究、体験談は温かくも奥深い……。しかも科学的な裏付けがあり、長年水に向き合ってきた哲也さんたちの胸に深く響きました。さらにお話会の前にレストランで飲んだ水が、分析すると“硝酸態窒素ゼロ”。国内でも稀少な水であり、長年探し求めてきた基準に合致するものだったのです。
 「この水と海洋深層水を共に活かしたい……」
 ゆの里とのご縁がきっかけで、哲也さんたちは神戸大学大学院における新しい科学「アクアフォトミクス」と出会います。特命教授ツェンコヴァ ルミアナ氏が提唱するこの学問は、日本語では“水光道(みこうどう)”と呼ばれ、水そのものを対象とする世界でも前例のない研究でした。
 水に光を当てることで、水分子の構造や変化を読み取る……。それはまるで“水の鏡”を覗くような世界で、従来の「溶けている成分を見る科学」とはまったく違うのです。水分子がネットワークをつくり、その構造が環境やエネルギーに応じて変化する姿は、深海の水を扱ってきたドクターリセラ社の経験とも深く響き合いました。
 「私たちがずっと感じてきた“水の優しさ”や“力強さ”の理由が、ようやく言葉になる……」
 そう感じたそうです。
 哲也さんの原点は、幼い日に誓った「人の役に立つ人生を」。
 協子さんの原点は、「肌の悩みを持つ人を救いたい」という静かな願い。
 海洋深層水との出会いも、ゆの里とのご縁も、アクアフォトミクスという新科学との出会いも、すべてが一本の線でつながり、ドクターリセラ社の理念を深めていかれたのだと思います。
 “いのちが輝くために、本物を届ける。”
 ドクターリセラ社の中心にある考え方です。
 そして、協子さんが今も変わらず伝え続けている言葉があります。
 「化粧品は、ただ肌をきれいにするだけのものではありません。その人の人生を変えることができるものなんです」
 肌トラブルが改善することで、自信が持てる。自信が持てることで、表情や姿勢が変わる。表情が変われば、周りとの関係性や人生の選択が変わる……。
 化粧品は単なる“美容アイテム”ではなく、人の未来を明るくする“きっかけ”。
 この理念こそ、ドクターリセラ社のすべての商品の軸となっています。

 実は、数年前、竹布の相田雅彦社長が開催された“たけぼっこちゃん”づくりの会で、妻のゆかりが協子さんとご一緒していたことに後で気づきました。そして、大阪でユニバーサルレストランを展開される、ル・クログループの代表でありオーナーシェフである黒岩功さんとの出会いから、協子さんのご紹介につながります。さらに、作家でありオペラ歌手である江原啓之さんとは、震災の年から日本を元氣にしようとラジオ番組「江原啓之おと語り」 の放送を続けていらっしゃるなど、親交が深くていらっしゃいます。その江原さんとは、同じ町内でもあり、協子さんとのご縁からご自宅に一緒に伺うことになったり……。まるで、運命に導かれるように、そして畳みかけられるように、奥迫哲也、協子夫妻と何重ものご縁がつながっていきます……。
 そして、いまここに、本物研究所はいよいよドクターリセラ社と“出会った”のです。
これからの未来が“笑顔”でいっぱいになることを祈りつつ……。

                           感謝

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2025.12.08:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】未来への一歩。こうしてぼくたちは出会った……。 (※佐野浩一執筆)
2025.12.01:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】副島先生の中国本 (※舩井勝仁執筆)
舩井 勝仁 (ふない かつひと)
株式会社船井本社 代表取締役社長
1964年大阪府生まれ。1988年(株)船井総合研究所入社。1998年同社常務取締役 同社の金融部門やIT部門の子会社である船井キャピタル(株)、(株)船井情報システムズの代表取締役に就任し、コンサルティングの周辺分野の開拓に努める。
2008年「競争や策略やだましあいのない新しい社会を築く」という父・舩井幸雄の思いに共鳴し、(株)船井本社の社長に就任。「有意の人」の集合意識で「ミロクの世」を創る勉強会「にんげんクラブ」を中心に活動を続けた。(※「にんげんクラブ」の活動は2024年3月末に終了)
著書に『生き方の原理を変えよう』(2010年 徳間書店)、『未来から考える新しい生き方』(2011年 海竜社)、『舩井幸雄が一番伝えたかった事』(2013年きれい・ねっと)、『チェンジ・マネー』(はせくらみゆき共著 2014年 きれい・ねっと)、『いのちの革命』(柴田久美子共著 2014年 きれい・ねっと)、『SAKIGAKE 新時代の扉を開く』(佐野浩一共著 2014年 きれい・ねっと)、『聖なる約束』(赤塚高仁共著 2014年 きれい・ねっと)、『失速する世界経済と日本を襲う円安インフレ』(朝倉慶共著 2014年11月 ビジネス社)、『智徳主義【まろUP!】で《日本経済の底上げ》は可能』(竹田和平、小川雅弘共著 2015年 ヒカルランド)、『日月神示的な生き方 大調和の「ミロクの世」を創る』(中矢伸一共著 2016年 きれい・ねっと)、『聖なる約束3 黙示を観る旅』(赤塚高仁共著 2016年 きれい・ねっと)、『お金は5次元の生き物です!』(はせくらみゆき共著 2016年 ヒカルランド)がある。
佐野 浩一(さの こういち)
株式会社本物研究所 代表取締役会長
公益財団法人舩井幸雄記念館 代表理事
ライフカラーカウンセラー認定協会 代表
1964年大阪府生まれ。関西学院大学法学部政治学科卒業後、英語教師として13年間、兵庫県の私立中高一貫校に奉職。2001年、(株)船井本社の前身である(株)船井事務所に入社し、(株)船井総合研究所に出向。舩井幸雄の直轄プロジェクトチームである会長特命室に配属。舩井幸雄がルール化した「人づくり法」の直伝を受け、人づくり研修「人財塾」として体系化し、その主幹を務め、各業界で活躍する人財を輩出した。 2003年4月、(株)本物研究所を設立、代表取締役社長に就任。商品、技術、生き方、人財育成における「本物」を研究開発し、広く啓蒙・普及活動を行う。また、2008年にはライフカラーカウンセラー認定協会を立ち上げ、2012年、(株)51 Dreams' Companyを設立し、学生向けに「人財塾」を再構成し、「幸学館カレッジ」を開校。館長をつとめる。2013年9月に(株)船井メディアの取締役社長CEOに就任した。 講演者としては、経営、人材育成、マーケティング、幸せ論、子育て、メンタルなど、多岐にわたる分野をカバーする。
著書に、『あなたにとって一番の幸せに気づく幸感力』(ごま書房新社)、『ズバリ船井流 人を育てる 自分を育てる』(ナナ・コーポレート・コミュニケーション)、『私だけに教えてくれた船井幸雄のすべて』(成甲書房)、船井幸雄との共著『本物の法則』(ビジネス社)、『あなたの悩みを解決する魔法の杖』(総合法令出版)、『幸感力で「スイッチオン!」』(新日本文芸協会)がある。
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