トップが語る、「いま、伝えたいこと」
日経新聞を電子版ではなくて紙媒体で毎朝読んでいます。情報を取るだけなら電子版で十分だし、「新聞で正しいのは日付だけ」という名言もあります。特にディープステート(DS)の媒体と化している日経を毎日読んで洗脳されるとは大きな問題だと感じられる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、正直に言うと他紙に比べると金融情報は圧倒的に豊富ですし、何よりも基本的にはプロ(私は金融関係者や大手企業に勤める方のための業界紙だと思っています)を相手にしていますので、必要な情報をコンパクトに書いているのがありがたいと感じています。
当欄の前半を書く時は、1週間の日経新聞から話題をピックアップして書いていることに気がついている方もいらっしゃると思いますが、それを私流に加工してDS的な見方が入っていることも加味しながらお伝えしているつもりです。
話は変わりますが、その日経が2015年にイギリスの経済紙であるFT(フィナンシャル・タイムズ)を1600億円で買収しました。当時は元が取れないと悪口を言われたのですが、アメリカのWSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)と並んで多くの世界の金融関係者が読んでいるクオリティ・ペーパー(質の高い新聞)でピンクサーモンの紙面で有名です。私はあまり読んだことがないのですが、WSJは20代の前半にアメリカに留学していた頃、英語の勉強のつもりで購読していました。もちろん英語だし、当時はAIで翻訳してくれるなど便利なものはなかったので理解できたわけではありませんが、紙面を眺めていると何となく金融の動きがつかめたように気分になりました。
日経の紙面には、定期的にFTのコラムを翻訳したものが掲載されるのですが、日本のメディアからはなかなか感じられないクオリティが感じられるので、時間があるときは出勤してから電子版でじっくり読み直しています。6月6日付でFTのチーフ・コメンテーターのギデオン・ラックマン氏が「トランプ氏、外交もTACO」という投稿をされています。TACOはFTのアメリカ金融担当のロバート・アームストロング記者が提唱した造語で”Trump always chickens out”(トランプはいつもビビって退く)の略語で、どう思うかという質問をされたトランプ大統領は「とんでもない失礼な質問だ」と怒ったと報道されています。
いじめっ子のように、とんでもない高関税を標榜して脅かしますが結果的には落としどころを探って妥協していますし、外交交渉でも受け入れられなかったら攻撃すると言っていますが、ほとんどリスクのない弱い相手にだけ攻撃をしたと分析されているようです。ギデオン氏のコラムにも書かれていますが、いじめっ子の上げ足を取るとトンデモない反撃をされる恐れがあります。実際にTACOに不快感を表した直後に鉄鋼とアルミニウムの追加関税を50%に引き上げました。私は行動パターンが分析できたのだからTACOでいいのではないかとも感じます。それがトランプ大統領のやり方だし、着実に成果もあげているように感じるからです。
FTの質の高いコラムを楽しむのもいいのですが、日本発のコンテンツを増やすことも大事なことだと、イスラエルに一緒に行った時に本田健先生に言われたことが忘れられません。イギリスで大変人気がでているという柚木麻子著『BUTTER』(新潮文庫)を取り上げてみたいと思います。
本書は日本では2017年に出版されましたが、海外での爆発的な人気をきっかけに再び注目を集めているベストセラー小説です。週刊誌の記者である主人公が、男性の連続不審死事件の容疑者としてセンセーショナルな内容で世間を賑わした梶井への取材から物語が進み、周囲を巻き込んで大きく変化していく……ざっくり言えばこのような中身になります。非常にページ数の多い小説ではありますが、読み始めるとなかなか止まらず、思想的な引っ掛かりがなければスラスラ読めてしまう内容です。
梶井のモデルになった(とされる)木嶋佳苗死刑囚は、非常に魅力的で人を惹きつけるエネルギーを持った人物であったと言われています。過去に関連する書籍を複数読みましたが、本書はその中でも最も彼女の(厳密にはモデルになった人物の)魅力を引き出しているように感じます。物語序盤の主人公が彼女の熱に溶かされて取り込まれていく様は、どこか恐怖心さえも覚え、彼女にそれを告げる周囲の人間に共感させられ、その引力の強さを実感させられます。
梶井は存在感のある登場人物ですが、描写自体は決して多くありません。彼女の内面を描きながら、物語が進行し、脇役一人ひとりにも深みを持たせる非常に優秀な舞台装置であり、周囲の引き立てるこれも本質的な部分を違和感なく描写しています。タイトルにあるバターは、様々な意味を持っています。食べ物としては勿論、比喩的な描写としても意味を持ち、物語や梶井を語る上で欠かせないワードです。タイトルをここまで上手に多用する事も珍しいでしょう。本当に多く登場するので、読み終える頃にはバターと料理についての知識を多く身につけている事でしょう。
女性と男性、ジェンダー的な要素もテーマとなっており、様々な視点から様々な人物が登場してきます。ルッキズム(外見によって人を評価したりする差別したりする社会現象)への疑問や問題提起なども含まれており、海外でヒットしている要因はこの辺りにもあるのかもしれません。木嶋は本書の存在に激怒したと言われています。勿論小説であり事実とは異なる点も多々あるでしょう。しかしそのリアクションは、TACOに対するトランプ大統領の反応にもつながり、自らの痛い部分を突かれたからではないかと、個人的には推察しています。
溶けてから見える、見栄の内側。物語が進むにつれて見えてくれる梶井の実像と本質。時勢を絡めながら見事に書き切った、非常に興味深く完成された一冊なのではないでしょうか。余談ですが、物語内には食欲をそそる描写と料理が非常に多く登場します。睡眠前の読書には適さないかもしれません。
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2025.06.02:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】ある日の朝の思索 (※佐野浩一執筆)


舩井 勝仁 (ふない かつひと)
![]() 1964年大阪府生まれ。1988年(株)船井総合研究所入社。1998年同社常務取締役 同社の金融部門やIT部門の子会社である船井キャピタル(株)、(株)船井情報システムズの代表取締役に就任し、コンサルティングの周辺分野の開拓に努める。 2008年「競争や策略やだましあいのない新しい社会を築く」という父・舩井幸雄の思いに共鳴し、(株)船井本社の社長に就任。「有意の人」の集合意識で「ミロクの世」を創る勉強会「にんげんクラブ」を中心に活動を続けた。(※「にんげんクラブ」の活動は2024年3月末に終了) 著書に『生き方の原理を変えよう』 |
佐野 浩一(さの こういち)![]() 株式会社51コラボレーションズ 代表取締役会長 公益財団法人舩井幸雄記念館 代表理事 ライフカラーカウンセラー認定協会 代表 1964年大阪府生まれ。関西学院大学法学部政治学科卒業後、英語教師として13年間、兵庫県の私立中高一貫校に奉職。2001年、(株)船井本社の前身である(株)船井事務所に入社し、(株)船井総合研究所に出向。舩井幸雄の直轄プロジェクトチームである会長特命室に配属。舩井幸雄がルール化した「人づくり法」の直伝を受け、人づくり研修「人財塾」として体系化し、その主幹を務め、各業界で活躍する人財を輩出した。 2003年4月、(株)本物研究所を設立、代表取締役社長に就任。商品、技術、生き方、人財育成における「本物」を研究開発し、広く啓蒙・普及活動を行う。また、2008年にはライフカラーカウンセラー認定協会を立ち上げ、2012年、(株)51 Dreams' Companyを設立し、学生向けに「人財塾」を再構成し、「幸学館カレッジ」を開校。館長をつとめる。2013年9月に(株)船井メディアの取締役社長CEOに就任した。 講演者としては、経営、人材育成、マーケティング、幸せ論、子育て、メンタルなど、多岐にわたる分野をカバーする。 著書に、『あなたにとって一番の幸せに気づく幸感力』 |
