トップが語る、「いま、伝えたいこと」
「西洋人のやり方は積極的積極的と云って、近頃大分流行るが、あれは大なる欠点を持っているよ。
第一積極的と云ったって際限がない話だ。
向うに檜があるだろう。
あれが目障りになるから取り払う。とその向うの下宿屋が又邪魔になる。
下宿屋を退去させると、その次の家が癪に触る。
どこまで行っても際限のない話しさ。西洋人の遣り口はみんなこれさ。
ナポレオンでも、アレキサンダーでも勝って満足したものは一人もないんだよ。
西洋の文明は積極的、進取的かも知れないが、つまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ」
夏目漱石の「吾輩は猫である」の中の一節です。
少々、「ありのままでいる練習」(筬島正夫著、SB Creative刊)から引用しますね。
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「人間は理性によって、いずれすべてを知りうる」という近代の西洋哲学がベースにある科学は「どうすれば世界(自然界)をコントロールできるか」「どうすればより便利にし、願ったものを手にできるか」という願望の答えを追求してきました。
つまり、基本的に「もっともっと」と視線は外を向いていたのです。
それ自体が決定的に悪いわけではないのですが、大きな問題も抱えていくようになります。
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ここでいう「大きな問題」というのが、冒頭に引用した夏目漱石の一節ということになります。
実際、二度の世界大戦を通して、多くの知識人たちは、理性至上主義の危険性を痛感し、西洋哲学自体もというか西洋の偉人たちも、だんだんと東洋的な考えへと向かうようになっていきます。際限のない「もっと、もっと」に嫌気がさしたのでしょう。
たとえば、アップルの創業者、スティーブ・ジョブズは、日本の禅僧と交流を持ち、仏教の思想に基づいたシンプルなデザイン哲学に向かっていきました。
なぜなら、満ち足りていなかったからです……。
成功した後の虚しさや、競争社会の限界に気づいてしまった……。
だから、東洋の知恵を求めていったのでしょうか。
「どうすれば満たされた人生を送れるのか?」
「我」そのものを重視し、「自我意識」「自己の確立」「アイデンティティの形成」が重視される……。自我ばかりに目がいっていたため、長い間、「他者」との関係性は重要なテーマになりえなかったのです。
それに対して東洋哲学では、真逆の「無我(固定不変の我など無い)」がテーマとなります。完全に独立した自分などありえず、他者や環境との関係性あってこその自分だということです。つまり、「自利利他」(周りの人を幸せにすることが、自分の幸せにつながる)」という関係性。本当の「ありのまま」は実にバランスがとれたものなのです。
ジョブズは、そのことを日本で体験したかったようです。
亡くなる前年に、ジョブズは京都を訪れました。そこで、大好きな寿司を堪能します。特に、青森県大間のマグロを口にしたあとは、そのトロだけを握ってもらい、とても上機嫌で、めったに応じないサインまで書き残したのでした。
“All good things.”
ジョブズは、色紙にこうサインしました。
直訳すれば「すべて良し」にも見えますが、英語のことわざにある
“All good things must come to an end.”(どんな良いことでも終わりを迎える)の一部とも読み取れます。だから、「最高の状態を、全力で楽しむ」と理解するのが適切かもしれませんね。
実はこのとき、ジョブズはすでに体調が優れず、京都旅行がこれで最後になるかもしれないと、自ら感じていたのでした。
それでもジョブズは、全身で、全力で、今ここにいる自分が見ているものや口にしたものを味わい、幸せと感じることを続けます。
店から出たジョブズは大島さん(馴染みのハイヤーの運転手)の車に乗り込むと、「人生で初めてこんなおいしい寿司を食べた!」と絶叫したそうです。
車を走らせ始めた大島さんが、「3時間も何を食べていたの?」とたずねると、ジョブズは「トロを6つ」と答えた。
大島さんが「それだけ?」と聞くと、ジョブズは「そう」と答えたのです。
(参考:NHK WEB特集「スティーブ・ジョブズ in 京都」)
実際に、これが最後の京都旅行となってしまいました。
彼を支えていたのは、今の状態をありのままに受け止め、自分を信じようとする「自己受容」と、自分の信じる最高の状態は自分で決めるのだという「自己決定」でした。
そして、ジョブズは、周囲の人たちとその気持ちを分かち合いました。最高を追い求めるひたむきさや自己決定の強さに、ときには混乱も招いたかもしれません。でも、今このときを全力で生き、信じて動くその姿に影響され、共感と絆が広がっていったことで、あれだけの大きな事業をなしとげたといえましょう。
自己受容、自己決定、共感と絆の分かち合い。これはまさに、心身ともに健やかで、社会的つながりをもち、満たされた状態である Well-being のありかたそのものです。
ジョブズが色紙に書き遺したように、最高の状態はいつまでも続くものではありません。年をとれば体調も下降気味ですし、思うように成果も出せなくなるかもしれません。
人は、「もっと、もっと」では決して幸せになれないのです。
毎日のふとした小さな気付きの中で、今ここにある自分を受け止め、最高の状態だと自分が信じるものを目指していく……。これこそが、「ありのまま」です。
全力で向き合い、楽しむ……。
周囲とつながって、感動を共有する……。
まさに、「ありのまま」の自身の存在価値を高めていこうとする生き方です。
こうした生き方が、人を本質的に満たされた状態にしていくのではないかと思います。
ジョブズがかつて学生たちに語りかけたように、私たちが生きるなかで、「働く」という行為は、時間的にも意味的にもとてつもなく大きな位置を占めていると言えます。
その中で、私たちは、最高の状態に満たされて今を生きていると言えるでしょうか?
自分を受け止め、仕事と全力で向き合い、楽しみ、周囲と分かち合えているでしょうか?
「私」は単独では存在しえません。
他者、周囲、世界とのかかわりによって、「私」は存在します。
これが、東洋哲学のとらえ方といえます。
全体の一部でありながら、唯一無二の存在。
取るに足らないちっぽけな存在を、存在ごと肯定しています。まさに、究極の「包み込み」ですよね。
「ありのまま」とはこういうことをいうのだなって、思いました。
感謝

舩井 勝仁 (ふない かつひと)
![]() 1964年大阪府生まれ。1988年(株)船井総合研究所入社。1998年同社常務取締役 同社の金融部門やIT部門の子会社である船井キャピタル(株)、(株)船井情報システムズの代表取締役に就任し、コンサルティングの周辺分野の開拓に努める。 2008年「競争や策略やだましあいのない新しい社会を築く」という父・舩井幸雄の思いに共鳴し、(株)船井本社の社長に就任。「有意の人」の集合意識で「ミロクの世」を創る勉強会「にんげんクラブ」を中心に活動を続けた。(※「にんげんクラブ」の活動は2024年3月末に終了) 著書に『生き方の原理を変えよう』 |
佐野 浩一(さの こういち)![]() 公益財団法人舩井幸雄記念館 代表理事 ライフカラーカウンセラー認定協会 代表 1964年大阪府生まれ。関西学院大学法学部政治学科卒業後、英語教師として13年間、兵庫県の私立中高一貫校に奉職。2001年、(株)船井本社の前身である(株)船井事務所に入社し、(株)船井総合研究所に出向。舩井幸雄の直轄プロジェクトチームである会長特命室に配属。舩井幸雄がルール化した「人づくり法」の直伝を受け、人づくり研修「人財塾」として体系化し、その主幹を務め、各業界で活躍する人財を輩出した。 2003年4月、(株)本物研究所を設立、代表取締役社長に就任。商品、技術、生き方、人財育成における「本物」を研究開発し、広く啓蒙・普及活動を行う。また、2008年にはライフカラーカウンセラー認定協会を立ち上げ、2012年、(株)51 Dreams' Companyを設立し、学生向けに「人財塾」を再構成し、「幸学館カレッジ」を開校。館長をつとめる。2013年9月に(株)船井メディアの取締役社長CEOに就任した。 講演者としては、経営、人材育成、マーケティング、幸せ論、子育て、メンタルなど、多岐にわたる分野をカバーする。 著書に、『あなたにとって一番の幸せに気づく幸感力』 |
