トップが語る、「いま、伝えたいこと」

このページでは、舩井幸雄の遺志を引き継ぐ舩井勝仁と佐野浩一が、“新舩井流”をめざし、皆様に「いま、伝えたいこと」を毎週交互に語っていきます。
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2026年4月13日
倉田百三が説く西田幾多郎の『純粋経験』 (※佐野浩一執筆)

 高校時代だったと思います。
 父と話していて、読書の話題になったとき、「そろそろ倉田百三は読んでみたらいいと思うよ」と言ったことをなぜか覚えています。「たとえば……?」と聞くと、「そうやなあ、『出家とその弟子』がいいんちゃうかな」と言いました。
 父は、学生時代に通っていた古本屋があって、そこできっと立ち読みをしていたんでしょうね……。読書の幅も本当に広かったようです。とうとう店主から、「もううちの本は全部読んでしまったんやないか」と言われるくらいに読んだそうなんです。
 そんなエピソードから、倉田百三のことをよく覚えていたんだと思います。
 時を経ていま……、動画配信のネタを探していたとき、日本で初めての哲学者である、西田幾多郎氏のある言葉に出会いました。
 「物を知るには、これを愛さねばならず、物を愛するには、これを知らねばならない」
これ、いい言葉だなって思って、ぼくが週3回YouTubeで配信している「幸感力チャンネル」の動画でお話させてもらったんです。
 そこから、「善の研究」という哲学書につながっていきます。
 実は、この本も父から「読んでみたらいいと思うよ」って言われたのですが、当時はまえがきを読んだだけで終わってしまったことを覚えています。とにかくむずかしいんです! それで今回また、西田幾多郎に挑戦しようと心に決めて、「善の研究」をあらためて購入してみたのです。
 「純粋経験」。
 いきなり、この概念が登場します。
 「うーーーん、わかったようでわからん!」
 またもや。逃げてしまうのが悔しくて、今回は周辺から攻めてみようと思いました。
 そこで、「再会」したのが、先述した「倉田百三」でした。おもしろいご縁といってしまっていいのでしょうか? 倉田百三氏が若い頃に書いた『愛と認識との出発』という書物との出会い……。
 ひとりの青年が深く悩み、苦しみながらも、真理に出会っていく姿が率直に語られています。もちろん、この青年こそが、倉田百三氏その人であることは言うまでもありません。ここからは、あえて、“倉田青年”と呼ばせていただきますね……。
 倉田青年は、西田幾多郎氏の『善の研究』に触れたとき、その思想を単なる知識としてではなく、自らの存在を揺さぶるような体験として受け取っています。それまで「どう生きればよいのか」「愛とは何か」「なぜ人はこんなにも苦しまなければならないのか」といった問いを抱え、心の中で揺れ続けていました。信じたい気持ちと、理解したい気持ち。そのどちらも大切にしたいのに、うまくひとつにまとまらない。そのような状態に、深い苦しさを感じていたと言います。
 そんなときに出会ったのが『善の研究』でした。
 西田幾多郎氏が語る「純粋経験」という考え方は、倉田青年にとって、とても大きな衝撃でした。それは、難しい理屈というよりも、「ああ、もともと世界はひとつだったのかもしれない」と感じさせてくれるものだったのです。自分と世界、心と頭、愛することと知ること……。それらは本来、別々のものではなく、ひとつの流れの中にあったのではないか。そんな感覚が、静かに、しかし確かに胸の中に広がっていきました。
 それまでバラバラに感じていたものが、少しずつつながっていくような安心感。うまく言葉にはできないけれど、「ここにいていい」と思えるような感覚。彼は、そのような体験を通して、この小説の中で自分の内側に小さな光を見つけていきます。
 西田哲学では、ぼくたちがふだん当たり前のように分けている「自分」と「世界」とが、本来は分かれていないことを示し、純粋経験の状態を次のように表しています。
 「物我相忘じ、物が我を動かすのでもない。我が物を動かすのでもない。只ただ一の光景、一の現実があるのみである。」
 ここでは、見る者と見られるものが対立する以前の、ただ一つの生きた現実が語られています。倉田青年はこの言葉に触れたとき、世界は本来ひとつであり、その中に自分も含まれているのだという感覚を、深く実感したのでした。
 さらに西田氏の認識論について、彼は次のように紹介しています。
 「氏の認識論においては to know はただちに to be である。甲のみよく甲を知る。あるものを会得するにはみずからそのものであらねばならない。野に横たわる一塊の石の心は、みずから石と合致し、石となるときにのみ知ることができる。しからざるときは主観と石とが対立し、ある一方面から石を覗いているのであって、ある特定の立場から石を眺めてこれを合目的の知識の系統に従属せしめんとするのである。いまだ石そのものの完全なる知識ではないのである。」
 ここで語られているのは、「知る」ということの意味の転換です。ぼくたちは通常、対象を外から観察し、分析し、理解しようとします。しかし西田氏の考えでは、それでは本当の意味で「知った」ことにはならないとされます。本当に知るとは、その対象と一体になること、すなわち「そのものとして感じること」なのです。
 倉田百三氏はこの考えに深く共鳴し、科学的な知識が対象を分解して部分的に理解するものであるのに対し、西田哲学は、対象の内側に入り込み、全体としてとらえる在り方であると感じました。それはむしろ詩人の直観に近く、世界を新鮮で生き生きとしたものとして見せてくれる働きを持っているようだと……。
 こうした理解に立って、倉田氏は西田氏の「知的直観」を「認識作用の極致」であり、「最も光彩ある部分」であると高く評価しています。それは単なる理論ではなく、人がどのように世界と関わるか、その根本に関わる生きた思想だったのです。
 このように倉田氏にとって『善の研究』は、世界を外から眺めるのではなく、その中に入り込み、一つの現実として生きることを教えてくれる書物でした。考える前にある体験、分ける前にある統一。その中にこそ、本当の意味での理解と、深い安心があるのだという確信が、彼の言葉の中には静かに息づいています。
 とくに大きな気づきとしては、「愛」と「認識」が対立するものではないということでした。人を思う気持ちと、真理を知ろうとする心。そのどちらも、人間にとって大切なものです。そしてそれらは、本来同じところから生まれているのではないか……。そう感じられたとき、彼の中で長く続いていた葛藤が、少しずつやわらいでいったといいます。
この体験は、単に「本を読んで理解した」というものではなかったようです。むしろ、「自分の生き方そのものが、少し変わっていく」ような出来事だったようです。
 ぼくたちもまた、日々の中で、心と頭がバラバラになってしまうことがあります。しかし本当は、それらは分けて考えるものではなく、ひとつの流れの中にあるのかもしれませんね……。

 今一度、この「純粋経験」について、イメージの世界であなたとともに理解を深めてみたいと思いました。ここからは、「蛇足」です。

 突然ですが、いまからあなたは、静かな森の中を歩いていると想像してみてください。朝のやわらかな光が差し込み、空気はひんやりと澄んでいます。足元には落ち葉が広がり、踏みしめるたびに、かすかな音が響きます。
 少し進むと、小さな滝の音が聞こえてきました。水が岩に当たって流れ落ちる、その音に導かれるように歩いていくと、目の前に美しい滝が現れます。
 水しぶきが光に照らされて、きらきらと輝いています。思わず足を止めて、その光景に見入ってしまいます。
 その瞬間、あなたは何かを「考えて」いるでしょうか。
 「きれいだ」と言葉にする前に、ただその美しさの中に包まれている感覚……。自分が見ているという意識すら薄れて、ただ水の音と光と空気の中に溶け込んでいた……。そんな感覚です。
 そのとき、あなたは「自分」と「滝」を分けて感じていたでしょうか。それとも、ただその場のすべてと一体になっていたでしょうか。
 そこにあったのは、「私が見ている滝」ではなく、ただそのままの体験……。音と光と空気がひとつになった、言葉になる前の世界でした。

 これこそが、西田幾多郎氏のいう「純粋経験」です。
 主観と客観が分かれる前の、ありのままの体験。考える前に、すでにそこにある“生きている実感”そのものです。
 あとから「きれいだった」「癒された」と言葉にしたとき、そこではじめて「自分」と「対象」が分かれます。しかしその前には、分けることのできないひとつの体験が、確かに存在しています。

 『善の研究』が伝えようとしたのは、まさにその瞬間の大切さだったように思います。

 そしてこの感覚は、特別な場所でなくても、ぼくたちの日常の中に、そっと存在しています。ふとした風の心地よさや、誰かの笑顔に触れたときのあたたかさ。その一瞬一瞬に、「純粋経験」は息づいていると言えるのではないでしょうか……。

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舩井 勝仁 (ふない かつひと)
株式会社船井本社 代表取締役社長
1964年大阪府生まれ。1988年(株)船井総合研究所入社。1998年同社常務取締役 同社の金融部門やIT部門の子会社である船井キャピタル(株)、(株)船井情報システムズの代表取締役に就任し、コンサルティングの周辺分野の開拓に努める。
2008年「競争や策略やだましあいのない新しい社会を築く」という父・舩井幸雄の思いに共鳴し、(株)船井本社の社長に就任。「有意の人」の集合意識で「ミロクの世」を創る勉強会「にんげんクラブ」を中心に活動を続けた。(※「にんげんクラブ」の活動は2024年3月末に終了)
著書に『生き方の原理を変えよう』(2010年 徳間書店)、『未来から考える新しい生き方』(2011年 海竜社)、『舩井幸雄が一番伝えたかった事』(2013年きれい・ねっと)、『チェンジ・マネー』(はせくらみゆき共著 2014年 きれい・ねっと)、『いのちの革命』(柴田久美子共著 2014年 きれい・ねっと)、『SAKIGAKE 新時代の扉を開く』(佐野浩一共著 2014年 きれい・ねっと)、『聖なる約束』(赤塚高仁共著 2014年 きれい・ねっと)、『失速する世界経済と日本を襲う円安インフレ』(朝倉慶共著 2014年11月 ビジネス社)、『智徳主義【まろUP!】で《日本経済の底上げ》は可能』(竹田和平、小川雅弘共著 2015年 ヒカルランド)、『日月神示的な生き方 大調和の「ミロクの世」を創る』(中矢伸一共著 2016年 きれい・ねっと)、『聖なる約束3 黙示を観る旅』(赤塚高仁共著 2016年 きれい・ねっと)、『お金は5次元の生き物です!』(はせくらみゆき共著 2016年 ヒカルランド)がある。
佐野 浩一(さの こういち)
株式会社本物研究所 代表取締役会長
公益財団法人舩井幸雄記念館 代表理事
ライフカラーカウンセラー認定協会 代表
1964年大阪府生まれ。関西学院大学法学部政治学科卒業後、英語教師として13年間、兵庫県の私立中高一貫校に奉職。2001年、(株)船井本社の前身である(株)船井事務所に入社し、(株)船井総合研究所に出向。舩井幸雄の直轄プロジェクトチームである会長特命室に配属。舩井幸雄がルール化した「人づくり法」の直伝を受け、人づくり研修「人財塾」として体系化し、その主幹を務め、各業界で活躍する人財を輩出した。 2003年4月、(株)本物研究所を設立、代表取締役社長に就任。商品、技術、生き方、人財育成における「本物」を研究開発し、広く啓蒙・普及活動を行う。また、2008年にはライフカラーカウンセラー認定協会を立ち上げ、2012年、(株)51 Dreams' Companyを設立し、学生向けに「人財塾」を再構成し、「幸学館カレッジ」を開校。館長をつとめる。2013年9月に(株)船井メディアの取締役社長CEOに就任した。 講演者としては、経営、人材育成、マーケティング、幸せ論、子育て、メンタルなど、多岐にわたる分野をカバーする。
著書に、『あなたにとって一番の幸せに気づく幸感力』(ごま書房新社)、『ズバリ船井流 人を育てる 自分を育てる』(ナナ・コーポレート・コミュニケーション)、『私だけに教えてくれた船井幸雄のすべて』(成甲書房)、船井幸雄との共著『本物の法則』(ビジネス社)、『あなたの悩みを解決する魔法の杖』(総合法令出版)、『幸感力で「スイッチオン!」』(新日本文芸協会)がある。
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