トップが語る、「いま、伝えたいこと」
株式市場は高所恐怖症(高すぎる?)との戦いに少し疲れがでてきているような気もしますが、基本的には強気の見方は崩れていないように思います。日経平均株価は68,000円台の高値を付けたかと思うと調整局面に入って64,000円割れまで一時的に行きましたが、トランプ大統領のころころ変わる発言に振り回されながらも、右肩上がりのトレンドが続いています。市場関係者はこれ以上ホルムズ海峡の封鎖が続いて原油価格が下がらなければ、自動車社会のアメリカの場合は特にガソリン代の高騰は市民の反発が大きく、11月の中間選挙で負ければレイムダック(任期は残っているが実権がなくなる大統領)になり、最悪の場合は弾劾されてしまう可能性までささやかれているトランプ大統領は、イランとの妥協を図らざるを得なくなることを読み切っているようです。
高所恐怖症は乱高下が激しいことに感じます。7万円近くということで分母が大きくなったことも大きな要因ですが、数千円単位で上がり下がりするし、場中では1,500円以上下げておきながら終値はプラスで終わるみたいな現象も出てきています。平常時の相場は、アメリカや早朝の大阪のマーケットで取引される日経平均先物の価格をチェックすれば、日中の相場はその傾向で売買されるのが原則だと思っています。残念ながら取引量の70%程度は外国人の売買で日本の株式市場は動いているので、朝の流れを確認するとその日の流れが読めてしまいます。ただ、この原則が通用しない日が少しずつですが増えてきているように感じます。
ちょっとだけ嬉しいのは、傾向としては貿易収支がなんとか黒字水準を維持できそうな感覚になってきたことです。前回のブログで輸出に力を入れるべきなのは大企業ではなく中小企業ではないかということを書かせていただいたのですが、日本人は理解すると動きが早く、そんな空気を察知して思い切って輸出に挑戦されている会社が増えていればいいと思っています。サントリーの創業者である鳥井信治郎を主人公にした伊集院静著『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』(集英社文庫)という小説は10年ほど前に日経新聞の朝刊に連載されていたものですが、毎日楽しく読んでいた記憶があります。
伊集院先生の創作のようにも思いますし、私の記憶も曖昧ですが海軍の将校や財界人などの中には洋酒を好む人が多く鳥井は貴重な外貨が海外に流出することを懸念していて、国産ウィスキーづくりをしたというようなことが書かれていたような記憶があります。私は真珠湾攻撃を成功させた連合艦隊司令長官の山本五十六が大好きなのですが、映画のシーンで戦艦の中で五十六が兵士たちにオールドパーをあげているシーンがなぜかとても印象に残っています。父もオールドパーには特別な思い入れがあるというようなことを話してくれた記憶もあり、食事の時に(普段はサントリーの国産ですが)ウィスキーの水割りを頼むことが多かったようにも思います。
サントリーの宣伝が上手かった影響が大きいのだと思いますが、団塊の世代ぐらいまでの方がちょっと高級なお店で頼むのは水割りの確率が高かったような気がするので、そういう意味では、生糸から始まりそれが自動車や家電などに変遷していった日本の主力輸出品の陰で、鳥井のような地道な努力があったことが日本の国力を強くしていった要因になっていると考えたいと思っています。アメリカの投機家に日本マーケットが翻弄されないためにも、小さな努力の積み重ねで貿易黒字にすることが大事なように思います。
戦前から考えて現在も続いている日本経済の弱点は金融力の弱さなのではないかという仮説を持っています。日本は覇権国ではないので、実は経済の根本を握ることになる金融力は持たせてもらえなかったということが根本的な原因だと思いますが、指をくわえているだけではなく、少しでも改善するにはどうすればいいかを考えていきたいものだと思っています。今週は、衝撃的なタイトルの森本紀行著『野村證券 消滅』(ビジネス社)をご紹介したいと思います。
日本の証券会社の中で圧倒的な強者である野村證券が消滅?という目を引く衝撃的なタイトルではありますが、中身はとても常識的なものです。バブルの頃には、世界一の時価総額を誇っていた野村證券。その圧倒的であった全盛期には、株取引において圧倒的なシェアを誇り、野村が動けば市場も動くと言っても過言ではない状況でした。私が就職した頃は、ほとんどの友人は金融機関に就職し、中でも一番上昇志向の強いやんちゃな友だちはボーナスが圧倒的に多かった証券会社選びました。ただ、仕事は厳しく数年で脱落していく人が大半だったのを覚えています。
いまでは、それが日本自体の金融部門の政策整備の遅れ、構造自体の変化、ネット証券の台頭と複合的要因で強みが崩されていき、当時の反動も相まって非常に苦戦を強いられる様になりました。野村証券の場合はガリバーだったこともあり、特にターゲットにされた面もあり、様々な社会的問題を引き起こしてマスコミの格好の餌食になっていました。政府の方針が明らかに「貯蓄から投資へ」を推奨するものになり、それでは困るので業界体質が根本から変わるようなコンプライアンスの重視が叫ばれています。
その結果、現在の証券会社は特定の金融商品に対するノルマなどによって、真に顧客に寄り添えない企業体質を持ち、報酬体系の問題もあり、優秀な人間ほど独立する、ある種で負のスパイラルに近い状態に陥っており、多くの規制と厳格な遵法を求められる現在において、非常に難しい立場に立たされていることが解説されています。もちろん、野村も手をこまねいているわけではなく、様々な方策で人間力、社員個人の能力を高めるなどの対策を行なっていますが、それも現在では昔のような人材を育成するのは困難であるのが実態です。ただ、若い担当者と会っている実感からするとやっぱり野村は強いな、と感じることが多いのも、まだまだ事実です。
海外展開の苦戦、個人相手の取引の増加を目指した工夫、AIなどデジタルのツールを利用した新たな顧客の開拓など、様々な工夫がなされており、企業としての幅の広さを持ち、活路を見出そうとしていながらも、苦戦している現状の解説を見ていると、これは野村證券に限った問題ではないことが理解できます。大半の証券会社が同様の問題を持ち、そのビジネスモデル自体の限界、今後違う路線へ舵を切ることが求められていることが示唆されています。近い将来の大きな転換は避けられないとすれば、今でも強いブランド力と影響力を誇る野村證券がここからどの様に歩みを進めていくのか。それで日本の証券業界の未来が占えるような気がします。
=以上=
2026.06.08:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】「五行で生きる」ということ 〜季節の巡りに身を委ね、天地自然と調和する養生法〜 (※佐野浩一執筆)
2026.06.01:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】輸出で外貨を稼ぐ (※舩井勝仁執筆)
舩井 勝仁 (ふない かつひと)
株式会社船井本社 代表取締役社長1964年大阪府生まれ。1988年(株)船井総合研究所入社。1998年同社常務取締役 同社の金融部門やIT部門の子会社である船井キャピタル(株)、(株)船井情報システムズの代表取締役に就任し、コンサルティングの周辺分野の開拓に努める。 2008年「競争や策略やだましあいのない新しい社会を築く」という父・舩井幸雄の思いに共鳴し、(株)船井本社の社長に就任。「有意の人」の集合意識で「ミロクの世」を創る勉強会「にんげんクラブ」を中心に活動を続けた。(※「にんげんクラブ」の活動は2024年3月末に終了) 著書に『生き方の原理を変えよう』 |
佐野 浩一(さの こういち) 株式会社本物研究所 代表取締役会長公益財団法人舩井幸雄記念館 代表理事 ライフカラーカウンセラー認定協会 代表 1964年大阪府生まれ。関西学院大学法学部政治学科卒業後、英語教師として13年間、兵庫県の私立中高一貫校に奉職。2001年、(株)船井本社の前身である(株)船井事務所に入社し、(株)船井総合研究所に出向。舩井幸雄の直轄プロジェクトチームである会長特命室に配属。舩井幸雄がルール化した「人づくり法」の直伝を受け、人づくり研修「人財塾」として体系化し、その主幹を務め、各業界で活躍する人財を輩出した。 2003年4月、(株)本物研究所を設立、代表取締役社長に就任。商品、技術、生き方、人財育成における「本物」を研究開発し、広く啓蒙・普及活動を行う。また、2008年にはライフカラーカウンセラー認定協会を立ち上げ、2012年、(株)51 Dreams' Companyを設立し、学生向けに「人財塾」を再構成し、「幸学館カレッジ」を開校。館長をつとめる。2013年9月に(株)船井メディアの取締役社長CEOに就任した。 講演者としては、経営、人材育成、マーケティング、幸せ論、子育て、メンタルなど、多岐にわたる分野をカバーする。 著書に、『あなたにとって一番の幸せに気づく幸感力』 |










株式会社船井本社 代表取締役社長



















