“超プロ”K氏の金融講座

このページは、舩井幸雄が当サイトの『舩井幸雄のいま知らせたいこと』ページや自著で、立て続けに紹介していた経済アナリスト・K氏こと
朝倉 慶氏によるコラムページです。朝倉氏の著書はベストセラーにもなっています。

2019.11
欧州に忍び寄る危機

「NATO(北大西洋条約機構)は脳死状態だ!」
 フランスのマクロン大統領は英エコノミストとのインタビューで衝撃的な発言を行いました。ドイツのメルケル首相はこの発言に即座に反応、「極端な発言だ、私はそうは思わない」として「大西洋間の協力は不可欠だ」と強く反発しています。当時ドイツ訪問中だった米国のポンペオ国務長官はマクロン大統領の発言を受けて「NATOは重要で不可欠」とマクロン発言の火消しに躍起です。
 一方ロシア側はマクロン発言を大喜び、「素晴らしい言葉!」とNATOの足並みの崩れを楽しんでいるようです。かようにマクロン発言が欧州で大きな波紋を引き起こしています。来月、12月3日、4日に英国でNATO首脳会談が開催されます。NATO創立70年を祝って開かれるこの記念すべき会談でどのような議論が展開されるのか、はたまた大荒れになるのかどうか、関心が尽きないところです。
 今回のマクロン発言は、突発的なものでなく、欧州全域で共有されている大いなる懸念をはっきりと前面に出してきたものです。懸念とは「米国への不信感」です。トランプ政権になってからの米国の変化は著しく、米国と欧州の関係はかつてないほど冷え切っています。マクロン発言は現実を直視して欧州を目覚めさせようとする刺激的な問題提起でもあります。この衝撃発言の背景を追ってみましょう。

●揺らぐ欧米関係
 マクロン大統領が直接的に問題視したのはトルコが一方的にシリアに侵攻した現実です。これを招いたのは米軍のシリアからの一方的な撤退だったわけです。日本から見れば、遠くのことで、関心も薄く、中東での混乱の一つと写っているかもしれません。しかしながら欧州とトルコ、シリアまで陸続きで、トルコの問題も欧州にとっては見過ごせる話ではありません。マクロン大統領が強く主張したことは、この米軍の撤退について「NATOの計画も連携もなかった」という重要な事実でした。そもそもトルコはNATO加盟国です。NATOは軍事同盟ですから、仮にトルコが攻撃された場合は、米国を含むNATO参加国は自国への攻撃とみなすこととなっています。「同盟国が攻撃を受けた場合は全加盟国への攻撃とみなす」、これが軍事同盟の基本ですから、今回のトルコの動きやそれ以前の米国のシリアからの撤退事項などは、本来NATO諸国にとって極めて重要な、共同の案件だったはずです。
 それを米国トランプ政権はNATOに対して何の相談もなく、勝手に行動してしまったわけです。欧州の隣、トルコとシリアの問題を欧州に全く相談もしない、という態度で「NATOは機能するのか」、米国はあまりに欧州を軽視しているということです。
 この懸念や指摘は当たっていると思います。米国は確かに欧州への関心や欧州との同盟への強い意識は薄らいできているように思えます。そもそもトランプ大統領は<米国第一主義>を掲げ、自国の利益を最大限に追求していくことを公言しています。そして「何故米国が欧州を守らなければならないのか」と、公式にもかような発言を行ってきたわけです。
 もちろん米国政府として正式にかような欧州を軽視するような話は持ち出していませんが、米国全体がトランプ大統領のように内向きな気持ちになってきていることは否定できません。単にトランプ大統領という特異なキャラクターが招いた米国側の欧州軽視というよりも、かような<自国第一主義>の機運が米国全体に広がってきて、その結果、トランプ大統領という指導者が生み出されてきたわけです。ですからマクロン大統領は、その辺の時代の流れを冷静にみて、現状をシビアに分析しています。
 マクロン大統領によれば、「トランプ大統領が再選されなくても『歴史の力』が長年の欧米の関係を引き裂こうとしている」というのです。これは相当な危機感であり事実認識は正しいと思います。

●欧州からアジアに変わる米国の関心
 米国の戦略は完全に変化しています。今、米国がみているのはアジアです。特に米国は昨年から中国を敵として捉え、中国の伸長をなんとか抑えて、今までのように米国の<世界における覇権>を永遠に維持したいと思っているわけです。
 その意味では米国にとって対中戦略は極めて重要になっています。中国に絶対的に覇権を譲るわけにはいかないのです。そのためにはロシアとの関係も以前より改善したいと願っているわけです。
 米国の視線はアジアに向き、中国を封じ込めたいわけですから必然的に日本の立ち位置は重要になっています。米国が現在、最も頼りにしたいと、必要とする国は日本でしょう。これは米国と中国が宿命的な覇権争いを行う中で、必然的に生じてきた歴史的な流れです。ですから一見するとトランプ大統領と安倍首相の仲は、二人の気が合って蜜月関係のように見えますが、実は米国の戦略上の観点から日本の重要性が増し、日本との仲が緊密になってきたという現実があると思います。

 その一方で米国が欧州に肩入れする理由がなくなってきているわけです。
 米国は自前で原油が取れるようになりました。米国はシェールオイル、ガスの開発でエネルギーを自前で手当てできるようになりました。今や、米国は世界一の産油国となったのです。当然、米国は中東地域に対して今までのように深く関与すべき動機を失っています。ですからシリアから簡単に撤退してしまいました。シリアは元々アサド政権にロシアが肩入れしていますから、米国が撤退すればロシアの支配力が増してくることは自明の理です。それでも米国トランプ政権はシリアからあっさり撤退したわけです。明らかに中東地域に対しての米国の力の入れ方が変化してきています。
 同じくトランプ政権はロシアに対しても、ウクライナ問題などで一応は強く出てロシアに対して経済制裁を行っていますが、戦略的にみて、中国に対してのような、完全なる敵視政策による激しい争いは仕掛けていません。トランプ政権としてはむしろロシアとは連携して中国を封じ込めたいと考えていることでしょう。ロシアに対して融和的になってきたということは、中長期的にロシアとの緊張緩和を目指していくわけです。ロシアとの緊張緩和が実現できれば、欧州に深く関与する必然性もなくなります。ロシアが脅威だから、欧州と結束してNATOという軍事同盟を作っているわけで、その仮想敵国のロシアの脅威がなくなれば当然、軍事同盟であるNATOの役割も消滅するわけです。

 かようなNATO軽視の流れが次から次へと起こってきたことをマクロン大統領は深刻に受け止めているわけです。マクロン大統領も指摘していますが、欧州の今があるのは米国のおかげです。米国が第一次、第二次の世界大戦を欧州の地で戦ってくれたわけです。そして勝利しました。その後、米国と当時のソビエト連邦は冷戦となったわけですが、欧州、特にフランスや西ドイツなど西欧地域をソビエト連邦の軍事侵攻から守ったのは米国の軍事力、まさにNATOという同盟の力でした。その力の源泉は米国の圧倒的な軍事力だったわけです。その米国は今や欧州との関係を断ち切ろうとしているというわけです。欧州にとってこれは相当な危機です。
 マクロン大統領はトランプ大統領の出現について「欧州の統合の深化を望まない人物が米国大統領に就いたのは初めてだ」と現実を直視しています。そして昨今のトランプ政権のNATO軽視、欧州軽視の現状に極めて強い危機感を感じているわけです。仮に米国が欧州を守る気がなければ、ロシアは強引に好きなことをやってくるでしょう。米国が後ろ盾になって欧州において、かつてのように軍事的な力を背景に守ってくれなければ、軍事力でロシアに決定的に劣る欧州はいざとなれば何もできないわけです。フランスもドイツも他の欧州諸国もロシアの軍事力に全く対抗できません。ですからマクロン大統領は「欧州は今、崖っぷちに立っており、目を覚まさなければ、自らの運命をコントロールできなくなる」と危機感を明らかにしているのです。
 マクロン大統領は欧州が「米国との強固な同盟なしで、どう危険な世界で繁栄できるのか?」という強烈な問いかけをしています、その通りだと思います。

 マクロン大統領は欧州域内の軍事力を統合して欧州軍を作っていくことを提案しています。しかしながら欧州全域がかような構想でまとまるとはとても思えません。欧州各国は各々の様々な思惑があり、勝手気ままに動いています。かつての東欧諸国は独裁的な政治体制に戻っているところが多く、ロシアや中国に親近感を感じているようです。フランスとドイツも考え方が違います。イタリア、スペインなど南欧諸国は自国さえまとまりません。かような欧州で軍事的統合ができるわけがないでしょう。NATOという重しが取れてしまえば欧州は漂浪してしまうでしょう。マクロン大統領はロシアにも急接近しています。今年に入ってマクロン大統領はG7にロシアのプーチン大統領を招待するように働きかけました。そして8月下旬にはマクロン大統領は南仏ブレガソンの別荘にプーチン大統領を招待したのです。マクロン大統領としては、欧州全体で自前で軍事力増強を目標にしながら、同時にロシアとも良好な関係を築いていこうとする戦略でしょう。いずれにしても欧州は難しい局面になりつつあります。米国の世界戦略が大きな変化をしつつある中、欧州は今後、困難な舵取りが要求される、混沌とした局面に向かっていくと思われます。

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Profile:朝倉 慶(あさくら けい)

K朝倉慶経済アナリスト。 株式会社アセットマネジメントあさくら 代表取締役。 舩井幸雄が「経済予測の“超プロ”」と紹介し、その鋭い見解に注目が集まっている。早い時期から、今後の世界経済に危機感を抱き、その見解を舩井幸雄にレポートで送り続けてきた。 実際、2007年のサブプライムローン問題を皮切りに、その経済予測は当たり続けている。 著書『大恐慌入門』(2008年12月、徳間書店刊)がアマゾンランキング第4位を記録し、2009年5月には新刊『恐慌第2幕』(ゴマブックス刊)および『日本人を直撃する大恐慌』(飛鳥新社刊)を発売。2009年11月に舩井幸雄との初の共著『すでに世界は恐慌に突入した』(ビジネス社刊)、2010年2月『裏読み日本経済』(徳間書店刊)、2010年11月に『2011年 本当の危機が始まる!』(ダイヤモンド社)を、2011年7月に『2012年、日本経済は大崩壊する!』(幻冬舎)を発売。2011年12月に『もうこれは世界大恐慌』(徳間書店)を、2012年6月に『2013年、株式投資に答えがある』(ビジネス社)を、2012年10月に朝倉慶さん監修、ピーター・シフ著の『アメリカが暴発する! 大恐慌か超インフレだ』(ビジネス社)を発売。2013年2月に『株バブル勃発、円は大暴落』(幻冬舎)を、2013年9月に『2014年 インフレに向かう世界 だから株にマネーが殺到する!』(徳間書店)を 、2014年7月に『株は再び急騰、国債は暴落へ』(幻冬舎)を、2014年11月に舩井勝仁との共著『失速する世界経済と日本を襲う円安インフレ』(ビジネス社)を発売、2015年5月に『株、株、株!もう買うしかない』、2016年3月に『世界経済のトレンドが変わった!』(幻冬舎刊)を発売、最新刊に『暴走する日銀相場』(2016年10月 徳間書店刊)がある。

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