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舩井幸雄のいま知らせたいこと

このページでは、舩井幸雄が(2014年1月19日の舩井幸雄の他界後は舩井勝仁が)いま一番皆様に知ってほしい情報をタイムリーにお伝えしていきます。
毎週月曜日定期更新
2009年10月9日
1日青汁1杯だけで元気に13年生きている人が来てくれた

 私と親しかった会社にオートバックスセブンという有名なカー用品の小売企業があります。
 同社の創業者は私の親友でした。昭和40年代〜50年代、お互いに関西在住だった私たちはよく語りあい、夢を分ちあいました。
 同社は、その後、船井総研とも深く付きあってくれましたが、その窓口になってくれたのが同社の横井英昭さんです。その横井さんからここ1−2年、折があると「甲田光雄先生を紹介するから、ぜひ話しをきいてください」と言われていました。甲田さんは阪大医学部を出た医師で「少食」の実行者で有名な方でした。

 
 甲田メソッドの決定本ともいわれる彼の著書『少食の実行で世界は救われる』(2006年 三五館刊)も横井さんからプレゼントされました。
 ただ私は自由奔放に生きてきた人間、制限、制約、束縛が何よりもイヤで、甲田先生の話しは分るのですが、お目にかかるチャンスはのびのびになっていました。そして気がついたら甲田先生はお亡くなりになっていました。
 ところで先月下旬のある日、甲田先生の一番弟子と言われる森美智代さん(森鍼灸院院長)が、横井さんとともに熱海の私のところへ来てくれたのです。
 森さんのことは横井さんからのお手紙や彼女の著書『食べること、やめました』(2008年4月 マキノ出版刊)を読んでいたのである程度は知っていました。
 が、はじめたお目にかかってびっくりしました。1962年12月25日生れ、いま46才です。身長は155cm弱、ふっくらしており、体重は60kgはあるもようです。
 彼女は約14年前から1日に「青汁1杯だけ」の食生活をつづけているもようですが、一時42〜43kgまで減った体重も60kgくらいになり、お元気そのものでした。
 私にも「つぎのような食事にお変えになったら」と献立表(以下)をつくってくれました。横井さんは、どうやらこれを実行しているもようで、体重、身長ともふつうの中年の男性ですがお元気そのものです。

【森さんが私に作ってくれた献立表】
玄米クリーム食

《朝食》  青汁(1合)
      生野菜5種類以上(くだものはジューサーでジュースにして)

《昼》  *玄米クリーム 80g(+塩5g)
      (2合の水で、生玄米をミルマシンで粉にして水から練る)
     
     *豆腐(もめん) 半丁 150g(+塩5g)
      キヌコシゴマ 大さじ1杯 
        (黒ゴマペースト状に)

《夕》 昼と同じ
    生水――5合

【宿便を取るために】
*スイマグ 1日 空腹時 20cc 1合の水で飲む
*柿茶 1日7〜8合
*エビオス 1日20cc
*スピレン 1日20cc
*ビタミンC 1日1g

【運 動】
金魚 1日3回  1回2分
毛管 1日20回 1回2分
合掌 1日3回  1回200回
※白身魚を煮たものはOK


 ともかく森さんを見ていますと「人は喰べなくとも生きていける」ようです。しかも彼女は1日に3時間も睡れば充分とのことでした。
 まったく考えさせられました。まだ考えています。この献立を私はまだ実行していません。
 ともかくつぎに、彼女の前著の「まえがき」だけを紹介します。
 
はじめに〜私が食べなくなった理由〜

 「一日に青汁一杯だけ」。
 これが、約13年前から続けている私の食生活です。
 このような食生活に、「しよう」とか「したい」とか思ってそうなったわけではありません。必要に迫られて断食をしたり、少食にしたりしているうちに、気がつくとどういうわけか、「一日に青汁一杯だけ」になっていたのです。
 「必要に迫られて」とはどういう意味かというと、当時の私は、それをしないと命が危ぶまれる状況にあったのです。
 少し前に話題を呼んだ『1リットルの涙』(幻冬舎刊)というノンフィクションの闘病記をご存じでしょうか。本はベストセラーになり、映画やドラマにもなりましたから、ごらんになった方も多いでしょう。
 私は、この闘病記の著者・木藤亜也さんと同じ病気だったのです。その病気は「脊髄小脳変性症(せきずいしょうのうへんせいしょう)」といいます。運動機能を司る小脳や脊髄が萎縮して、しだいに働きを失っていく病気で、国の認定する難病(特定疾患)の一つです。
 くわしくは本文で触れますが、私は21歳のとき、この病気と診断されました。
 「しだいに進行して寝たきりになるだろう。進行を食い止める治療法はない」
 神経内科の医師は、そう私に告げました。余命は告知されませんでしたが、本で調べたところ、「若い時期に発症すると5〜10年くらい」と書いてありました。                               
 なりたかった「学校の保健室の先生(養護教諭)」になって一年足らず。将来にいろいろな夢を描いていた矢先の出来事です。
 頭が真っ白になり、途方に暮れました。
 混乱した気持ちが少し落ち着いたとき、私の頭に浮かんだのは、甲田医院院長の甲田光雄先生のことでした。高校生のとき、たまたま甲田先生のお話を聞く機会に恵まれ、断食や少食療法で数々の難病を治してこられたことを知っていたのです。
 甲田先生に診ていただくと、「大丈夫。断食すれば治るよ」といわれ、私は「甲田先生についていこう」と決心しました。
 その後、神経内科でいわれた通り、私はどんどん歩けなくなっていきました。しかし、断食すると、そのたびに少しよくなり、歩けるようになります。そこに希望が見えるものの、食べるとまた悪化するので、いたちごっこのようでした。
 そこで、断食後の悪化を防ぐため、「生菜食の超少食療法」を始めました。生菜食とは、加熱しない生の食品だけを食べる療法で、生野菜や果物、生の玄米粉が中心になります。
 生菜食を始めたとき、一日の摂取エネルギーは約900キロカロリーでした。一般的には相当な低エネルギー食ですが、不思議なことに、私の体重はどんどんふえていきました。太りすぎるからというので、食事をへらし、それでも太るのでまたへらす…と続けるうち、1日の食事がとうとう青汁一杯だけ(60キロカロリー)になってしまったのです。
 この過程で、食事の量がへるのと足並みをそろえるように、病気の症状は少しずつ軽減していきました。寝たきり寸前で床をはっていたのが、つかまり立ちができるようになり、ふらつきがやわらいで転ばなくなり、やがて普通に歩けるようになりました。
 その後、私は縁あって鍼灸師となり、現在は、自分が救われたことに感謝しながら、患者さんを治療する日々を送っています。発病から24年、青汁一杯の食事になってから13年がたちました。今も食事内容は変わりませんが、いたって元気で、医学的検査はすべて「異常なし」。体重は多すぎで困るくらいです。
 本書では、こうした経過や私の体験、現在の状態、超少食をはじめとする甲田療法の実際などを、すべてありのままお伝えします。また、私は断食や超少食を行う過程で、以前はなかった(顕在化していなかった)霊的な力を出せるようになりました。第5章では、これにも触れたいと思います。
 以前の私と同じように難病に苦しむ方や、断食・少食療法に関心のある方にとって、少しでも参考になれば、このうえない喜びです(転載ここまで)。


 なお、彼女の連絡先は、TEL:072−992−5055です。
 私の受けた印象では森さん、横井さんともにすばらしい人間性の人のようでした。
                                            =以上=
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