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トップが語る、「いま、伝えたいこと」

このページでは、舩井幸雄が(2014年1月19日の舩井幸雄の他界後は舩井勝仁が)いま一番皆様に知ってほしい情報をタイムリーにお伝えしていきます。
毎週月曜日定期更新
2014年6月16日
パワースポット巡り(1) (※舩井勝仁執筆)
       瀬織津姫の磐座

 先日、にんげんクラブの会員の皆さんと、京都と六甲を巡るツアーに行って来ました。 にんげんクラブの主催なので、既存のツアーとは一味もふた味も違う、パワフルで濃密なパワースポット巡りとなりました。今回は、古文書のホツマツタマエを研究されている大江幸久先生にナビゲーションをお願いしました。持統天皇に封印された縄文(国津神)の女神だった瀬織津姫の足跡をたどる旅、という趣旨もありました。

       鞍馬寺山門

 鞍馬寺、貴船神社、八瀬の九頭竜大社、伏見稲荷、芦屋神社、六甲比命神社などが今回の主なるスポットでした。パワースポット、それは宇宙(大自然)の力を感じるところであって、これまで人類が太古の昔から、そのパワーを感じ続けてきた場所と言ってもいいでしょう。

 最初に訪れた京都の奥にある鞍馬山は、山岳信仰、山伏による密教も盛んでした。そのため山の精霊である天狗もまた鞍馬に住むと言われていました。昔から天空の磁波を感じる霊山と言われています。鞍馬寺の本堂にある本尊を、寺では『尊天』と称され、堂内には 毘沙門天、千手観世音、護法魔王尊が安置されています。これらの三身を一体として『尊天』といい、『尊天』とは、“すべての生命を生かし存在させる宇宙エネルギー”であるとするものです。
 毘沙門天は「光」を象徴して「太陽の精霊」・千手観世音を「愛」の象徴として、「月輪の精霊」・護法魔王尊を「力」の象徴として、「大地(地球)の霊王」としています。
 鞍馬寺は『尊天』のパワーに包まれた道場であるとされていますが、言い伝えによれば、護法魔王尊とは、“650万年前、金星から地球に降り立って、その体は人間とは異なる元素から成り……”と言われています。そして護法魔王尊は鞍馬山の鞍馬天狗とも結びついています。その昔から、鞍馬山は天空に近い山とされ、まさしく日本の歴史によって検証されたパワースポットなのです。

   大杉権現社 (鞍馬山山頂)

 一方、源義経(牛若丸)が11歳の時に鞍馬寺に預けられ、雅児名を『遮那王(しゃなおう)』と名乗り、修行したことはあまりにも有名な話です。鞍馬寺には数多くの義経の足跡が残されていますが、この足跡も歴史に感じるパワースポットなのでしょう。
 鞍馬寺から貴船に越える道を「木の根道」と言いますが、鞍馬山は土地が非常に固いため、木々が地中に根を張ることが出来ず、山道のいたる所に木の根が地表に出ています。私も多少の筋肉痛を感じながら歩きました。義経(牛若丸)の五条大橋での弁慶との出会いや、壇ノ浦での八艘飛びに見られる義経のあの身軽さは、この木の根道を走り鍛えたのではないかと想いを巡らせました。
 山を降りて貴船川のせせらぎが聞こえてくる橋を渡ると、朱塗り鳥居と参道が目に飛び込みました。その奥には、水への信仰の厚い貴船神社の社殿が鎮座しています。古くからの貴船川の流れとともに由緒ある歴史を堪能しました。

     八瀬 九頭竜大社

 このあと、にある九頭竜大社、伏見にある神寶神社にお詣りしました。
 八瀬の九頭竜大社は、昭和29年に建立された比較的新しい神社です。九本の竹串を持って、本殿を中心に境内をぐるぐる回ります。一周ごとに一本串を返し、計九回まわるというユニークな参拝方法が印象的でした。ホツマツタマエでは、九頭竜は瀬織津姫と対立はしましたが、いまは神上がりをして、役割を果たされたということです。
 そのあと、私が一番行きたかった神寶神社へと向かいました。伏見稲荷大社の奥社を過ぎてさらに奥まったところに鎮座する、十種神宝(とくさのかんだから)が奉安されている神社です。

      伏見稲荷大社

 伏見稲荷大社の賑わいからそんなに離れていないのに、とても静謐で、素の自然の力を感じさせる私の大好きな神社です。来るたびに、ここのエネルギーをもらうと大きな力を得ることができるように感じています。

 ここで、前回のコラムでも触れましたが、人々が暮らす土地、いわゆる吉相の地、パワースポットについて、京都を旅して再度考えてみました。
 京都(平安京)は今から1220年前(794年)桓武天皇によって建都されました。はじめは、長岡京に遷都していましたが順調に進まず、起死回生を計って風水に最適な地であった現在の京都に都を造りました。平安京への遷都にあたって、桓武天皇は、風水学的に最高の吉相と言われる地相、『四神相応(ししんそうおう)』である山背国(やましろのくに)を選び、さらには中国の古典に詳しい高僧や陰陽師を集め、風水のあらゆる知識を総動員して都造りをしました。
 『四神相応』の四神とは、東西南北の四方を守護するとされる聖獣のことで、東に青龍(せいりゅう)、西に白虎(びゃっこ)、南に朱雀(すじゃく)北に玄武(げんぶ)は、それぞれの特徴のある土地に棲むと言われています。その特徴を京都(平安京)でみると

 東=青龍の神がやどる豊かな川(青)・・・・・・鴨川
 西=白虎の神がやどる繁栄の道(白)・・・・・・山陽道・山陰道
 南=朱雀の神がやどる豊かな池か海(赤)・・・・ 巨椋池(おぐらいけ)埋め立て
 北=玄武の神がやどる山か丘陵(黒)・・・・・・鞍馬山・船岡山

であり、これは、かつて世界一の文明を誇った中国では、歴史的経験から、陰陽学という学問が育ちました。この学問は現在の天文学と地理学を合わせた学問で、人間が幸福な生活をおくるには、どのような地形のところに住めばよいかを占い、予測する一種の科学でした。
 陰陽学では、町づくりの原理として、『四神相応』の地形を選ぶことを説いています。
山を背にして南前方に海をながめ、太陽の光をたっぷりと浴びつつ、東から清流を引き、飲み水をふんだんに使いながら、西の道から運ばれてくる食料で豊かに生活する、これが人間にとって理想郷であるとするものです。
 このような東西南北の地割(設計)・都造りの思想は、陰陽学から生まれています。東京(江戸)では、西の繁栄の道に通じる門を『虎ノ門』、東の清流の川を平川門といい今でも呼称されています。また相撲の世界でも、東は青房下(青龍)、西は白房下(白虎)、南は赤(朱)房下(朱雀)、北は黒房下(玄武)、東西の対決を龍虎の対決とも言われます。
 この陰陽学を人間関係に例えるなら、北には自分を守ってくれる玄武のような友人を、南には豊かな海のような視界を持つ友人を、東には清らかな川の流れのような心を与えてくれる友人を、西には人生を繁栄の道に導く友人を、という理想をふと想ったりしました。

 奥深い霊力と大自然、歴史の織りなす磁力を感じる一泊二日の旅、翌日の神戸での出会いは次週書かせていただこうと思います。
                                            =以上=

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2014.06.30:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】舩井☆SAKIGAKEフォーラム (※舩井勝仁執筆)
2014.06.23:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】パワースポット巡り(2) (※舩井勝仁執筆)
2014.06.16:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】パワースポット巡り(1) (※舩井勝仁執筆)
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