ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

このページは、社会分析アナリストで著述家のヤス先生こと高島康司さんによるコラムページです。
アメリカ在住経験もあることから、アメリカ文化を知り、英語を自由に使いこなせるのが強みでもあるヤス先生は、世界中の情報を積極的に収集し、バランスのとれた分析、予測をされています。
スピリチュアルなことも上手く取り入れる柔軟な感性で、ヤス先生が混迷する今後の日本、そして世界の情勢を予測していきます。

2022.09.01(第103回)
ロシアの欧米との決別宣言か? ドゥーギンの思想

 今回のメインテーマ、プーチンの思想的なブレーンであるアレキサンドル・ドゥーギンによる欧米との決別宣言を紹介する。これはプーチンにとって思想的な骨子になっている可能性が高い。
 8月9日、ロシアが併合したクリミアにあるロシア軍の空軍基地が攻撃された。また17日には、クリミア北東部にあるロシア軍の弾薬庫が爆発した。近くの変電所も爆発し、近隣の3000人の住民が影響を受けている。両方ともクリミアの奪還を宣言したウクライナの攻撃だと見られている。

 一方、ウクライナ戦争の全体的な戦況に大きな変化はない。ウクライナは南部ヘルソン州の奪還を目指し総攻撃すると宣言しているものの、ウクライナの攻撃は失速し、ロシア軍を押し返すまでには至っていない。また東部ドンバス地方では、戦線が膠着しながらも、ロシア軍は時間をかけながら、少しずつ占領地域を広げている。
 アジア全域のニュースを伝えるニュースサイト、「アジア・タイムス」が複数のシンクタンクの分析を総合した最近の戦況分析でもこの状況が分かる。8月15日の分析が公開されている最新のものだが、この状況はいまも基本的に変わっていない。以下である。

「評価 * * *
ウクライナの高官が、先週のクリミアの飛行場での爆発について、ウクライナの待望の攻勢開始を意味するのではないかという質問に対して、記者に “そうだと言っていい”と述べた。

 NATO加盟国の軍事情報報告書は、「ウクライナの当局者の発言は真実味がない」と指摘している。むしろ、ウクライナ人がロシア人より先に限界に達しているようだ。ほとんどの西側メディアや一部の西側政府・情報機関の楽観的な予測はともかくとして。

 この戦争は、あらゆる面で、消耗戦になっている。また、ロシアは人員と火力の両方の供給ニーズを満たしているように見える。大量の新型攻撃兵器とそれを操る訓練された部隊の投入がなければ、ウクライナ側が限定的にでも勝利することは難しいだろう。旗艦モスクワの沈没やクリミアにある軍飛行場の破壊のような派手な打撃が数回あったとしても、現在の潮流を変えることはできないだろう。」

 このような状況が続くと、ロシアで議会選挙が行われる9月11日頃にルガンスク、ドネツク、サボリージャ、ヘルソンの4州で国民投票を実施し、これらの州をロシアに併合する可能性も高くなる。プーチンは併合後、ウクライナとNATOに、改めて停戦に向けた政治交渉を提案すると見られるが、ウクライナとNATOはこれを受け入れることは考えられない。プーチンは、ウクライナの主権の剥奪という、戦争の新たな目標を設定し、戦争を継続する可能性が高いと見られている。
 そうしたなか、米バイデン政権やインフレに苦しむEU諸国内にも、ウクライナ戦争を決着させるためにはロシアとの政治的な対話が必要だという声も次第に強くなってきている。

 万が一、対話が可能になった場合、どこを落としどころにするのかが大きなポイントになる。ウクライナにおけるロシアの占領地域の併合を認めると、アメリカ主導の既存の世界秩序の変更を認めることになる。欧米はこれを受け入れるわけには行かない。一方、ロシアが併合した領土を返還し、ウクライナ戦争以前の状態に復帰することも考えられない。落としどころはまったく見えない。
 そうした状況で、プーチンはなにを基本的な目標にしているかがいま問われている。ウクライナ戦争後もプーチンはロシアの目標を明確には示していないので、様々な憶測が西側のメディアでは飛び交っている。

●プーチンの思想的なブレーン、ドゥーギン
 ロシアの最終目的が見いだせない中、いま注目されているのがアレクセイ・ドゥーギンである。ドゥーギンは現代ロシアでもっとも影響力のある思想家であり、哲学者である。その思想の影響力は非常に大きい。ロシア軍、治安機関、教育機関、そしてプーチン政権の幹部などに多くの信奉者がいる。
 ドゥーギンはその容貌から「プーチンのラスプーチン」と呼ばれることも多く、プーチンのブレーンとしてウクライナ戦略の事実上の立案者であると言っても過言ではないと見られている。ドゥーギンはロシア正教会の熱烈な支持で知られる「ツァルグラードTV」の元編集長であり、モスクワ大学政治学科の教授であり、学科長だった人物だ。数年前、過激な発言が問題となり、モスクワ大学の教授職を追われた。
 いまロシアでは、プーチンにもっとも影響力のある思想家としてあまりに有名だ。ドゥーギンは口が堅く、プーチンとの関係はよく分かっていない。しかし、ほんの一例だが、2013年と2014年にドゥーギンが使った「ノボロシヤ(新ロシア)」という言葉は、ロシアが主張したい東ウクライナの領土に対して使われ、その直後にプーチンがクリミア占領を支持する言葉として使った。世界におけるロシアのあるべき姿についてのプーチンの最近の演説に、ドゥーギンの思想の響きがあることは間違いない。

 また、それに止まらず、プーチン政権の政治的影響力も大きいと見なされている。
 2015年、シリア上空でロシアの爆撃機がトルコに撃墜される事件が起こった。これはシリアを巡って利害が対立するロシアとトルコの戦争に発展する可能性も示唆された事件だが、トルコのエルドラン大統領が謝罪して、ロシアの損害に一定程度の保証をすることで決着した。
 ロシアとトルコのこの和解を実現させたのが、ドゥーギンだと言われている。撃墜事件の直後、ドゥーギンはアンカラに飛びトルコ政府との協議を始めた。トルコ政府は秘密協議の内容がドゥーギンを通して確実にプーチンに伝わっていることを確信し、ドゥーギンを信用した。これが両国の和解を実現させた。

 このようにドゥーギンは、単に思想的にプーチンに影響を与えるだけではなく、プーチン政権で政治的な役割を担っていることは確実だと言われている。それが、帝政ロシアのニコライ一世とその家族に絶大な影響力を持ち、政治的にも力を持ったラスプーチンにドゥーギンがたとえられる所以である。いま西側のメディアでは、ドゥーギンこそウクライナ戦争をプーチンに提案した張本人なのではないかと報道されている。

●ドゥーギンの思想
 そのようなドゥーギンだが、ウクライナ戦争後、西側を含めたさまざまなメディアで旺盛に発信している。その内容を具体的に見る前に、ドゥーギンの基本的な思想を紹介する。

 ドゥーギンは、新ユーラシア主義を標榜する伝統主義者である。伝統主義とは、それぞれの文化圏には固有の価値観と世界観、そして社会の秩序のあり方があるので、それらを守ることをもっとも重要だとする考え方だ。20世紀の最後の20年から21世紀にかけて、資本主義の世界的な拡大であるグローバリゼーションによって、アメリカの民主主義と自由な市場の存在を唯一の原理とするリベラリズムが世界を席巻した。この結果、これに従わない政治経済体制の国々は、欧米主導の秩序から排除された。
 ドゥーギンはこのトレンドに強く抵抗する。それぞれの文化圏が持つ固有の価値と伝統は、欧米のリベラリズムの原則で解体されてはならないと主張する。

●国民国家と文明国家
 ドゥーギンはそのような主張を、「国民国家」と「文明国家」という2つの概念を通して説明している。「国民国家」とは、基本的人権を保証された個々の国民が、民主的なプロセスによる合意形成によって下から作り上げる国家である。国家や社会の基本単位は、あくまで国民としての個人である。

 一方、「文明国家」とは、社会や国家にあらかじめ内在している個人を越えた文化的な価値や秩序に基づいて統治される国家のことだ。ドゥーギンはフランスの論壇誌、「ポスティル・マガジン」に掲載された記事で次のように述べる。
「多極化した世界秩序の主役は、(現実主義の国際関係論のような)国民国家でもなければ、(自由主義の国際関係論のような)統一世界政府でもない。文明国家である。他の呼び名としては、“大空間”、“帝国”、“エキュメニズム”などがある。」

 そして、この独自の文化的価値に基づく「文明国家」の代表は中国であるとして、次のように述べる。

「「文明国家」という言葉は、中国に最もよく当てはまる。古代も現代もである。古来、中国人は「天下」、「天帝」説を唱え、中国は世界の中心であり、天を統合し地を分割する会合地であるとした。そして、「天帝」は単一の国家である場合もあれば、構成要素に分解され、再び組み合わされる場合もある。また、漢民族の中国は、朝鮮半島、ベトナム、インドシナ諸国、そして独立国である日本など、中国に直接属さない周辺諸国に対して文化形成の役割を担っていた。

 (中略)

 現代中国は、国際政治において「天下」の原則に厳格に則って行動している。一帯一路構想は、これが実際にどのようなものであるかを示す代表的な例である。また、中国のインターネットは、文明国家のアイデンティティを弱める可能性のあるネットワークや資源を中国の入口で遮断しており、防衛機構がどのように構築されているのかを示している。」

 つまり中国は、4000年の歴史を持つ伝統的な価値観と世界観によって統治された国家であり、それは個人としての国民が民主主義のプロセスによる合意形成で作られた「国民国家」とは、本質的に異なる存在である。世界の多極化という概念は、歴史的な価値観の伝統によって統治される「文明国家」が、世界の秩序を主導する状況を指す。
 そして、中国の場合と同様に、ロシアも、まさに「文明国家」であるとドゥーギンは主張する。
 ロシアには「ロシア世界」と呼ぶべき固有の世界観と価値観があり、これはユーラシア全域で共有されているという。ロシアは帝政時代には「文明国家」であり、ソビエト時代もそうであった。しかし、ソビエトの崩壊後、ロシアは欧米の秩序に吸収され始め、欧米と同じような「国民国家」の西欧的な理念が強要された。ドゥーギンは、この結果、「文明国家」としてのロシアの持つ価値は破壊されたと見る。

●ウクライナ戦争の意味と欧米との完全な決別
 一方、ドゥーギンによると、中国は欧米の秩序に基づく経済システムをうまく利用して、「文明国家」を発展させることができた。だがロシアには、欧米の「国民国家」的な価値観に洗脳された支配エリートがいまだに多く存在しているため、中国のような「文明国家」への根本的な方向転換がいまだにできないでいる。プーチンにも、欧米的なリーダーとしての側面と、「文明国家」、ロシアの統治者としての側面に二面性があった。ロシアは、「文明国家」への転換を速やかにすべきだとドゥーギンは主張する。

 さらにドゥーギンは、このような思想を前提に、ウクライナ戦争はロシアが欧米と完全に決別し、ロシアの伝統的な価値に基づく「文明国家」を築く絶好の機会になったと主張し、次のように述べる。

「この戦争に勝ち、自らを守るためには、ロシア自身がまず多極化を明確に理解する必要がある。我々はすでにそのために戦っているが、それが何であるかはまだ十分に理解していない。ゴルバチョフ−エリツィン時代に作られた自由主義的な構造を早急に解体し、新しい多極化の構造を確立する必要がある。」

 そして、ウクライナ戦争を機に欧米と完全に決別して、「文明国家」ロシアの価値観と世界観に基づいた独自の社会経済モデルを早急に作り、欧米から自立しなければならないという。つまり、文化、教育、科学、経済、金融、価値観、アイデンティティ、政治システムのあらゆる側面で欧米の影響を完全に排除して、ロシアの原理と理念に基づく新しい社会を建設するということだ。これは、よく喧伝されているかつてのソビエトの領域の回復などということではない。欧米と完全に手を切ってロシア社会を土台から「文明国家」として再構築するということだ。
 だが、「文明国家」としてのロシアの建設は一朝一夕でできるわけではない。中国が成功したように、欧米の価値観とシステムをうまく利用して、まずは国力を充実させなければならない。ドゥーギンは次のようにいう。

「短期的には、輸入代替に集中的に取り組むことになる。これはおそらく、主要かつ明白な命令である。
 徐々に、これは永遠ではないにせよ、長期的なものであることに気づき、“西洋のシミュラクル”を作ることになるだろう。中国は部分的にはそうしているが、われわれほど急激に西洋と決別することはない。しかし、台湾をめぐる危機が高まれば、中国も同じような立場になる。今のところ、彼らは我々が同じような状況にどう対処しているかを注意深く観察している。そして、結論を出している。

 最後に、私たちが自発的に、すぐにロシアで代替的に独立した社会政治経済モデルの構築について考え始めるか、輸入代替戦略の資源がすべて枯渇したときに、必要に迫られて考え始めるか、どちらかだ。」

 ウクライナ戦争の勃発で、欧米との完全な分離は決まった。もはや後戻りはできない。ロシアはユーラシアの大国であるというその本来の文化的なアイデンティティを基礎にした、新しい社会経済モデルをこれから構築しなければならない。しかしながら、これには時間がかかるため、当面は欧米のモデルを部分的に取り入れたシステムを構築する必要がある。そしてその間、真にロシア的な社会経済モデルを準備すべきだということだ。

●政治的な妥協は不可能
 これが、ドゥーギンの基本的な思想であり、プーチンもこれを共有していると思われる。興味深いことだが、独自の価値観で発展している中国こそ、「文明国家」の理想的なモデルであり、ロシアも見習うべき手本であるということだ。
 このように見ると、ウクライナ戦争は、ドゥーギンにとってロシアが欧米からの完全な決別を決意した戦争であることが分かる。ということでは、これからロシアは中国と一緒になって、「文明国家」としての独自の伝統的な価値観に基づく社会経済モデルと国際秩序の建設に向かうことになる。
 これは、もはやロシアを欧米が主導する既存の世界秩序に引き戻すことは不可能だということだろう。その意味では、ウクライナ戦争を巡る欧米との政治交渉が実現したとしても、先のまったく見えないものとなろう。
 ドゥーギンのこうした哲学を基本にしたプーチンのロシアは、独自の有効な社会経済モデルの構築に急いでいる。これは多極型の世界秩序も含まれる。

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Profile:高島 康司(たかしま やすし)
高島 康司(たかしま やすし)

社会分析アナリスト、著述家、コンサルタント。
異言語コミュニケーションのセミナーを主宰。ビジネス書、ならびに語学書を多数発表。実践的英語力が身につく書籍として好評を得ている。現在ブログ「ヤスの備忘録 歴史と予知、哲学のあいだ」を運営。さまざまなシンクタンクの予測情報のみならず、予言などのイレギュラーな方法などにも注目し、社会変動のタイムスケジュールを解析。その分析力は他に類を見ない。
著書は、『「支配−被支配の従来型経済システム」の完全放棄で 日本はこう変わる』(2011年1月 ヒカルランド刊)、『コルマンインデックス後 私たちの運命を決める 近未来サイクル』(2012年2月 徳間書店刊)、『日本、残された方向と選択』(2013年3月 ヴォイス刊)他多数。
★ヤスの備忘録: http://ytaka2011.blog105.fc2.com/
★ヤスの英語: http://www.yasunoeigo.com/

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