船井幸雄グループ社員の、日々もの思い、考へる

このページは、船井本社グループスタッフによるコラムページです。 「これからは“本音”で生きるのがよい。そのためには“本物の人間”になることが大事」という舩井幸雄の思想のもと、このページでは、社員が“本物の人間”になることを目指し、毎日の生活を送る中で感じていること、皆さまに伝えたいことなどを“本音ベース”で語っていきます。

書:佐野浩一
船井幸雄グループ社員の日々もの思ひ、考へる あの社員の一日を公開!
歴史は繰り返す? 実はニッポン人はお金にルーズ?
2011.6.10(Fri)
社名:イリアール(株)
名前:多久島 猛

「武士の家計簿」 主演:堺雅人、仲間由紀恵(2010年)

江戸時代では貨幣経済が発達していたのに、武士の給料は“米払い”だった。

儒教の始祖、孔子(こうし:紀元前551〜479年)。儒教は中国で生まれました。

儒教社会では、商いは「卑しい」行為とみなされました。

将軍家の代替わりに訪日する慶賀使節。

「名君」だった徳川吉宗(1684〜1751年)。実はバカ殿だったかもしれない…。

国債は現代の「米払い」?

 私は大の歴史好きです。なので、これまでの社員コラムでも、歴史に寄った内容を書いています。
 …というわけで今回は、「実は現代の『経済』やモノの『価値観』の原型は江戸時代にあるのではないか?」という点について書いてみたいと思います。

 ただ私は歴史や経済の専門家ではないので、部分的に「違うよ」というところがあっても、「そういう考え方もあるんだな」と思って、流していただければ幸いです。

              ◆ ◇ ◇

 これを書こうと思ったのは、先日公開された邦画「武士の家計簿」がきっかけです。
 この映画は、実在する出納帳(当時)に基づいて、幕府の御用算者(会計の専門家)を務める主人公が、借金で苦しむ自分の家を再興するというストーリー。そのパンフレットに書かれていた、「当時の武士は、支配階級でありながら驚くほど貧しかった」という一文にハッとさせられたのです。

 普通「支配階級」と言えば、領民から年貢をしぼり取って私腹を肥やすというイメージがありますが、江戸時代の武士は「武士は喰わねど高楊枝」という言葉に象徴されるように、基本的に貧しかったようです。
 それはなぜかと言えば、今回のコラムの主題となる、当時の日本特有の価値観があったのです。
 それを象徴しているのが、お米です。

 当日の武士の給料は「碌(ろく)」と言い、米で支払われていました(要するに現物支給)。
 映画の主人公と実父年収を合わせると1200万円。借金はその倍の2400万円ほどだったそうです。現代に置き換えれば、これだけの収入があれば2400万円のローンは十分に返済可能と思うのですが、武士の体面を保つための交際費や冠婚葬祭費、家来を雇うための人件費、参勤交代制度による江戸との二重生活にかかる費用など、この時代特有の出費がかさんでいました。
 そこに給料が「米払い」だったことが、さらに武士を貧しくさせていたようです。

 「武士の家計簿」では、主人公が「このままでは家が潰れる」と危機感を持ち、持ち前のそろばん算用を駆使して、「家財を売り払って1000万余円を一括返済する代わりに、残りを無利子・割賦で返す」ことを商人に呑ませます。

 ――当たり前のことですが、米で給料をもらっても日常の買い物は「お金」で支払うので、もらった米は商人に売って現金化する必要があります。つまり武士の給料は、「米の価格の変動に左右される」という、現代では考えられない大欠陥があったのです。

 ここでひとつの疑問が湧きます。
 そもそもの原因は米による現物支給にあります。名君といわれる徳川吉宗や、その後の歴代の将軍たちは、なぜ給料を「お金」で支払って、部下である武士たちの生活を救おうとしなかったのでしょうか?

              ◆ ◇ ◇

 この辺にかかわってくるのが、「儒教」という、当時の武士に定着していた価値観です。

 これは当時の身分制度であった「士農工商」の分類の根拠にもなっています。
 儒教では、土地に根差して米などの農作物を生み出す「農」を重視し、逆に土地に根付かず利益を求める「商」を軽視する傾向がありました。
 このような価値観があったため、支配階級である武士の次に農民が続き、一番下の身分が商人となったのです(「工人」は、少なくとも「モノを生み出す」ということから商人より上位になったのだと思います)。

 また、そのような価値観があったからこそ、武士の給料が「お金」ではなく「米払い」になったのです。

 このように儒教的な価値観が「商業にかかわるお金」を「卑しいもの」としていたことは、当時、徳川将軍家の代替わりごとに訪日していた、儒教先進国(?)の朝鮮通信使の記録からも読み取れます。
 ある通信使は、「我が国(朝鮮)の乞食(こじき)は、文字どおり『モノを乞う』、しかし日本の乞食は『銭を乞う』。何とも卑しいことだ」と記録しています。
 これを現代の価値観で見れば、それだけ日本は「貨幣経済が発達していた(=銭があればモノを買うことができた)」ことを表し、逆に朝鮮は「貨幣経済が浸透していなかった(=だから銭ではなくモノを乞うた)」と見ることができます。
 しかし儒教的には、「モノを乞うよりも、銭を乞うことが卑しいこと」とみなされたのです。

                        ◆ ◇ ◇

 日本は海外からは、「マナーが良い」とか「時間が正確だ」といった好評価を得ているのに対して、ことお金について「厳しい」とは聞きません。むしろ国家予算をはじめ、ODAなどの海外が相手になったときは特に“ドンブリ勘定”の感じがします。何より、もうすぐ1000兆円の大台にのる国の借金を考えたら、野放図と言っていいくらいです。
 
 現代日本は儒教国家ではないものの、これらの感覚の“名残り”はあると思います。
 江戸時代においては、「名君」といわれる徳川吉宗は、後世に「米将軍」と呼ばれるほど、米価の変動に頭を悩ませていましたが、そもそもの元凶である「米払い」を止めようとしませんでした。また吉宗公は、質素倹約令を出して歳出削減に励んだのは良かったものの、民間にまで自粛を強制したため、経済が停滞し、余計に不況に拍車をかけました。

 歴史の「結果」を知っている私たちが吉宗公のそばにいたら、「給料は現金払いにして、質素倹約をするべきは幕府だけで、民間では自由に経済活動をさせたほうが良い」と自信をもって助言ができたでしょう。

 それでは、現代の日本はどうでしょうか。
 さすがに「米払い」はないものの、「国債払い」を止めようとしません。
 経済的な仕組みは全然違いますが、リスクを負っていることは同じです。しかも、それを続けてはいけないことは理解しており、しかも、どのように改善すればよいかも理解しているのに、止めようとはしません。
 江戸時代については「それは儒教的な価値観が影響した」と総括することができますが、現代については、これをどのように総括すればいいのでしょうか? 一言でまとめる言葉が出てきません。

 このような有様を、100年〜200年後の日本人が見たら、どのような助言をするのでしょうか?
 おそらく「予算はできるだけニコニコ現金払いにして、国債を発行しなくて済むように歳出はできるだけ無駄を省いて、民間の経済を活発にして税収を増やしたほう良い」と助言するでしょう。…あれ? 吉宗公に対する助言と同じですね…。

 モノの価値観が変わっても、日本人がやっていることは江戸時代も現代も変わっていないとすれば、基本的に日本人はお金にルーズなのでしょうか…? それとも、常に「お金にルーズになっても構わない」としてしまう“何か”を抱えているのでしょうか…?

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


1周目:「一語一句、気持ちを込めて文字を綴る」
2周目:「新燃岳に想う、20世紀最大の噴火・ピナツボ火山」
3周目:「わたし流 歴史・時代の眺め方」

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