船井幸雄グループ社員の、日々もの思い、考へる

このページは、船井本社グループスタッフによるコラムページです。 「これからは“本音”で生きるのがよい。そのためには“本物の人間”になることが大事」という舩井幸雄の思想のもと、このページでは、社員が“本物の人間”になることを目指し、毎日の生活を送る中で感じていること、皆さまに伝えたいことなどを“本音ベース”で語っていきます。

書:佐野浩一
船井幸雄グループ社員の日々もの思ひ、考へる あの社員の一日を公開!
わたし流 歴史・時代の眺め方
2011.4.18(Mon)
社名:イリアール(株)
名前:多久島 猛

第96代 後醍醐天皇(1318〜1339年)「後醍醐」という諡号(※)は、天皇親政の黄金時代だった醍醐天皇(897〜930年)の治世を理想としていた本人の意思で、生前に決めたらしい。※諡号…崩御した天皇につけられる諡(おくりな)。

足利尊氏(1305〜1358年) 非常に情け深い人柄だったらしい。政治家向きではなかった兄に代わって弟・直義と二人三脚で、室町幕府を成立させた。

大化の改新(645年) 宮殿内で武器を手放した蘇我入鹿を、潜んでいた中大兄皇子と藤原鎌足が暗殺した政変。

 「歴史に学ぶ」という言葉があります。しかし、歴史を「物語」として読む分には良くても、個人的な問題解決の参考になるのかと思ってしまいます。
 そこで今回は、「いま自分がどのような時代に生きているのか?」ということを客観的に見るために、次のような方法を考えてみました。

 日本史ではいくつか大きな「時代の節目」がありました。現代につながる「時代の節目」といえば明治維新でしょう。
 現在(2011年)は明治維新(1868年)から143年目にあたります。この143年という時間を、その他の「時代の節目」に当ててみて、「そのとき日本はどうだったのか?」、「そのときの日本人はどのように生きていたのか?」というのを見てみたら、何か「見えて」くるものあるのではないかと思い、今回は書いていきたいと思います。

 私が考える、その他の「時代の節目」は次のとおりです。
 @ 5世紀〜12世紀までが貴族支配の時代
 A 13世紀〜19世紀までが武士支配の時代


 上記Aの時代の始まりは、「いい国作ろう」の鎌倉幕府成立(1192年)です。それから143年後となると、1335年
 …この原稿を書くにあたり、狙ったわけではないのですが、すごく驚きました。この頃は、ちょうど室町幕府が成立(1336年)するまでの動乱期です。大河ドラマでいえば「花の乱」のあたりです。

 「花の乱」の視聴率が悪かったことからも、この時代、信長・秀吉・家康などの英傑が活躍する戦国時代や、新撰組などが活躍する幕末と比べて人気がありません。しかし、あまりにも現代と酷似していて面白いので、少しだけ詳しく書きます。
 当時、武士が国を支配することに不満を持っていた天皇(後醍醐(ごだいご)天皇)は、かつての貴族支配(=天皇支配)を取り戻すために鎌倉幕府に反旗を翻しました。 それは一時的に成功し、新たな政治体制「建武(けんむ)の新政」を布きました。これが1334年です。

 しかし新体制は、あまりにも当時の国民の要望を無視したものだったため、天皇は京都を追われました。その一方で、天皇を追い出した足利尊氏が室町幕府を成立。西暦1336年の出来事であり、鎌倉幕府が成立してから143年目です。

 これを現代に置き換えてみたら、…もう想像がつきますよね。
 長く続いた自民党政権が倒れ、民主党政権が誕生しました(2009年)。その後、民主党政権が実施する政策は、ことごとく批判が集中。この原稿を書いている時点(2011/2/25)で、すでに管内閣は青息吐息。次の衆議院選挙では政界再編の可能性が高いことを考えたら、下野した自民党は「鎌倉幕府」、民主党は「後醍醐天皇」であり、その政策は「建武の新政」にすぎず、次の衆院選挙後に誕生する内閣が「室町幕府」なのか…などと想像力を膨らませてしまいます(笑)。

                         ◇ ◆ ◇

 さらに、この「143年目の出来事」を追ってみると、面白いことが見えてきました。次はちょっと強引です(笑)。
 上記@の時代の始まりについては、そもそも「記録がない」ということでハッキリしませんが、ざっくり見ても西暦500年頃には、大和朝廷による支配が始まっていたと見て良さそうです。…というわけで、西暦500年をスタート地点とした場合、そこから143年後は643年
 この頃に何があったかと言えば、「無事故の」大化の改新(645年)です。

 これは、当時の実力者だった蘇我入鹿(いるか)を排除して、天皇中心の政治体制をつくろうと中大兄皇子(なかのおおえの・おうじ)と藤原鎌足(かまたり)が起こした政変です。彼らの行動は成功し、皇子は天智天皇として即位しました。その後、中国から学んだ律令制度の“日本版”とも言うべき「大宝律令(701年)」が発布され、 “天皇を中心とした”国家体制が成立しました。

                         ◇ ◇ ◆

 …このように見ていくと、人間は、いや少なくとも私たち日本人は、新しい時代がスタートしてから150年ほど経つと、一回ガラガラポンとリセットしたくなる性分のようです。

 それにしても、前半に書きました室町幕府は、その後、南北朝の対立によって盤石な政治体制が築けず、しかも後継ぎ問題のこじれから応仁の乱(1467年〜)を引き起こし、最終的には織田信長に滅ぼされてしまいました(〜1573年)。
 その一方で、後半に書きました大和朝廷は政治的基盤を盤石なものとし、鎌倉幕府が成立するまで国を支配しました。

 当時は民主制ではないので、この2つが「国民にとって良かったのか、悪かったのか」というのは一概に言えませんが、少なくとも2011年の今では、日本を支配している民主党政権が「室町幕府」になるのか、はたまた「大和朝廷」になるのか…というのを見たとき、すでに火を見るより明らかではないかと思います。

 今回は、単純に経過年数をはかって、その後に起きたことを見ただけですが、より深く掘り下げていったら、より学べることはたくさんありそうです。


1周目:「一語一句、気持ちを込めて文字を綴る」
2周目:「新燃岳に想う、20世紀最大の噴火・ピナツボ火山」

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