加治将一の精神スペース

このページは、作家でセラピストの加治将一さんによるコラムページです。加治さんは、『龍馬の黒幕』『幕末 維新の暗号』『舞い降りた天皇』『失われたミカドの秘紋』(すべて祥伝社)などの歴史4部作が大反響を呼ぶ一方で、『アルトリ岬』(PHP)や『大僧正とセラピストが人間の大難問に挑む』(ビジネス社)などのカウンセリング関連の著書も好評です。そんな加治さんが、日々の生活で感じること、皆さまにお伝えしたいことなどを書き綴っていきます。

2011.3.7(第3回)
本は誰にでも書ける。 その2

 物書きは旅客機のパイロットみたいなものです。
 読者を乗せ、さっと離陸。そこからが見せ場で、腕のよりをかけた非日常へ誘って、一定の時間を酔わせると、また日常へ着陸します。

 さて連載2回目の後、こんなご指摘を受けました。
 「本はだれにでも書けるといっても私は素人だから、本にしてくれるところなんてありませんよ」
 そうですね。僕のように、やみくもに書いた雑文が特別な機会に恵まれて本になる、というまぐれは万が一つもありません。100万に一つはあるかもしれませんが。
 それより、まずたっぷりと執筆を楽しんでいただきたい。
 たとえば写生。中高年の間では盛んですが。あれをまさか販売目的で描く人はいないと思います。
 好きだから描くのであって、あくまでも趣味です。

 ところが、執筆を趣味に持つ日本人は圧倒的に少ない。僕が第二の故郷と呼ぶロサンゼルスでは、ときどき趣味で本を書いている人がいます。執筆はおカネ以上の価値、すなわち幸せになるための行為に違いありません。
 書いて充実感を味わう。これは大変素晴らしいことですが、そればかりではありません。あなたの人生と周囲を大きく変えるのですが、そのことは追って触れることにして、前回に引き続き、取り組むジャンルについて書きます。

 小説、自分史、ハウツウもの・・・分野はいろいろありますが、最初に取っつきやすいのはやはりエッセイです。
 小説は法則が複雑すぎます。
 どう複雑かというと、「視点」です。
 誰の目で書くのか? これは本の命ともいうべき最も大切な技法で、「視点」がぶれたら、魂の壊れた人間と同じで、何を言っているのかさっぱり分からなくなる。
 普通の本は書き手が視点です。つまりあなたの目で書きます。
 ところが小説は、たいがい神の眼と言われる「視点」で挑むわけです。
 神の眼ですから、見えない部分まで把握できます。殺人現場に居合わせなくとも犯人の行為がつぶさに見えます。あるいは「Aは女を憎み、Bは男を嫌った」などと、AさんやBさんでもないのに平気で彼らの心理が断定できるのですが、しかし同時にAさんや、Bさんの視点に成り変わって書く、という芸当もする。
 この複眼がビギナーには難しい。頭がこんがらがって、支離滅裂になってしまう。
 こうした技術、技巧は研鑽あるのみ。石の上にも三年と言いますが、ある学説では、どの道でも「卓越人間」になるには、一万時間のエクササイズが欠かせないらしい。一万時間と言えば一日7時間取り組んで、ざっと5年です。この説は僕も同意します。
 小説は視点以外にも、細かな技法がありますね。
 キャラクターの設定法、ストーリーの展開方法、読者を飽きさせないための仕掛けやスピード感、風景描写や心理描写・・・、映画製作で言えば脚本、監督、カメラ、スクリプト、衣装、ヘアメーク、時代考証、フィルム編集・・・一人10役くらいこなすわけで、ひたすら取り組んで、腕を磨く他はありません。
 むろん、チャレンジするのも楽しい時間ですが、エネルギーとガッツが必要です。
 老婆心ながら、やはりエッセー風のものが無難です。

視点を鍛える
 エッセーは、あくまでも自分の視点です。
 いわゆる第一人称。自分がどう感じ、どう思ったか。
 周囲をパパラッチのごとくじっと見つめたことがありますか? 
 たとえば「消せるボールペン」を眺めます。
 写生は外観を眺める作業に重点を置きます。あなたの視線はさまざまな角度から幾度も「消せるボールペン」と画用紙を往復しては、できるだけ忠実にスケッチするはずです。
 しかし、エッセイとなると眺めるのは外観だけではありません。大切なのは見えない中身、つまり根底に流れる思想です。それをとらえて引っ張り出す。
 コツは、「その人の立場で考え、自分の視点から書く」ことです。
 根底に流れる思想ですから、考案者を想像する必要があります。
 だれが常識外れの「消せるボールペン」を造ったのか?

 〈きっと、誤字脱字の多い人が「消せたらなあ」と考案したのだろう。
 しかし売れると信じ、まじめに提案した人間は型破りだ。
 どんな家庭に育ったのか? 
 自分の意見は、堂々と発表していいと思える権利意識を育んだのだから両親は偉い。
 開発予算を許可した責任者も凄い。腹の太い人がゴーサインを出したに違いない。
 でもまてよ、欧米の契約書はサインだ。印鑑も印鑑証明もいらない。
 ならば「消えるボールペン」で契約に証明し、あとで、こっそり相手のオフィイスに忍びこんで、契約書のサインを消したらどうなるのか?  これはまずい。
 欧米で「消えるボールペン」は、訴えられる可能性もある〉

 とまあ四方八方、どんどん連想は広がる。
 その中からつまらない枝葉を切り落とし、常人の想像を超える絵が描ければ、エッセイとして成功です。

 お分かりですか?
 胆に銘じるべきは、写生との大なる違い、外観描写だけではだめだということです。そしてもう一つ、面白くなくてはなりません。
 絵を観るのは数秒です。友達なら、お付き合いでさっと目を流してくれますが、時間と労力を伴う読書はそうはいかない。
 「えっ! ビギナーは、自分が楽しむだけだって言ったではないか? どうして他人の眼を気にするの?」
 と不満げなあなた。その気持ちはよく分かります。
 しかし、いくら自分が楽しむために書くといっても、本というのは読まれることを前提としています。これは本の宿命で、他人が「へー」と思ってくれるものでなければ、あなた自身が満足しないはずです。
 「ホー」「なるほど」「なになに?」
 読み手を前のめりにさせる。これが大前提です。
 僕の場合は文で飯を食べているので「面白い」の他に、要求がもう一つプラスします。
 「役に立つ」ということです。
 「面白くて、役に立つ」
 欠くべからざる二大要素です。しかし今回はビギナー向け講座なので「面白い」だけで合格点とします。
 ではどう書けば「面白い」か?
 味付けが奇想天外だということです。
 「あれまあ、そうだったのかあ、こんな見方があったんだ」
 言い換えれば斬新さです。

執筆は自分を変える
 どうしたら斬新になれるか?
 簡単です。一般人が属する文化を飛び出すことです。アメリカから帰ってすぐ書いた僕の雑文が、本になったのも、日本の文化を飛び出し、日本をこよなく愛した男が、アメリカ文化を身に付けてしまった、へんてこな視点から日本を眺めたからで、そこに編集者が斬新さを覚えたのだと思います。よく書店で見かけるでしょう? 海外で暮らした人のエッセイ。
 でも勘違いしないでください。だからといって海外に行きなさい、ということではありませんよ。
 「びっくり」は、あなたが今まで見たこともない、考えたこともない、まったく異業種を観察することでも生まれます。
 都会人なら農家に住み込むとか、漁師と付き合ってみるとか、自衛隊に入隊してみるとかです。
 自分の眼に顕微鏡や天体望遠鏡を取り付け、そこに見える世界も驚きです。
 分かりますよね。
 もう一つ、面白いと思わせる技術はこの逆、共感を呼び込むことです。
 「そうそう、そうなんだよ。よくぞ言ってくれた」
 と溜飲がスッキリの代弁です。一般人は高い山の上に登って叫びたくとも、山もメガホンもありません。しかし本はメガホンであり高い山です。読者の代わりに叫んであげれば、筆者の愛の波動は読者と共鳴します。
 読みたいエッセイとは、「斬新さ」と「愛の共鳴」の繰り返しが、ほどよいリズムで押し寄せる読み物です。

文とは何か?
 「書くと言っても、写真ならカメラのシャッターを押すだけですが、文章は難しい」
 実はそのとおりです。文はあなたの脳を経由しなければ書けません。
 しかも憎らしいことに、文字は一列です。
 分かりますか?
 森羅万象は立体の大パノラマ。空に鳥が飛び、足元で虫が鳴き、風がそよぎ、人が歩き、犬が走り、太陽が燦々(さんさん)と照っている。この6つ、いや1万や2万の出来事が同時に起こっている。にもかかわらず、あなたは自分の感覚で文章を選び、たった一行の文字配列に収斂(しゅうれん)し、すべてを表現するのです。
 1万の出来事を一列に綴って行く。
 森も人も立体の3Dなのに平面の2D、しかも一列文字配列に並べ変える。
 いや色も、匂いも、頭に浮かんだぼんやりとした諸々を、つーっと綴ってゆかなければならないのです。
 非常に高度な頭の体操ですが、かと言って怯(ひる)む必要はありません。
 人間の脳は言葉でしか思考できず、その言葉は常に一列で、二列以上を同時に頭に浮かべることはできないからです。我々は一列配列に慣れているのです。
 問題は自分の軸です。軸さえしっかりしていればちゃんと書けます。
 逆に言えば、書くことは、あなたの軸が鮮明になるということです。執筆はあなたの立ち位置を修正し、補強構築するまたとない好機に他なりません。
 分かりますか?
 軸がはっきりするということは「自分は何者なのだ?」という永遠の謎の答に近づくというわけです。
 ほら面白いでしょう?

                                    続く

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Profile:加治 将一(かじ まさかず)

作家・セラピスト。1948年札幌市生まれ。1978年より15年間、ロサンゼルスで不動産関係の業務に従事し、帰国後、執筆活動に入る。ベストセラー『企業再生屋が書いた 借りたカネは返すな!』(アスキー)、評伝『アントニオ猪木の謎』、サスペンス小説『借金狩り』、フリーメーソンの実像に迫った『石の扉』(以上三作は新潮社)など多数の著作を発表。『龍馬の黒幕』『幕末 維新の暗号』『舞い降りた天皇』『失われたミカドの秘紋』(すべて祥伝社)の歴史4部作は大反響を巻き起こし、シリーズ 50万部の売上げ更新中である。その他、カウンセリング小説『アルトリ岬』(2008年 PHP)や『大僧正とセラピストが人間の大難問に挑む』(2010年 ビジネス社)などがある。
★加治将一 公式音声ブログ: http://kajimasa.blog31.fc2.com/
★加治将一 公式ツイッター: http://twitter.com/kaji1948

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