加治将一の精神スペース

このページは、作家でセラピストの加治将一さんによるコラムページです。加治さんは、『龍馬の黒幕』『幕末 維新の暗号』『舞い降りた天皇』『失われたミカドの秘紋』(すべて祥伝社)などの歴史4部作が大反響を呼ぶ一方で、『アルトリ岬』(PHP)や『大僧正とセラピストが人間の大難問に挑む』(ビジネス社)などのカウンセリング関連の著書も好評です。そんな加治さんが、日々の生活で感じること、皆さまにお伝えしたいことなどを書き綴っていきます。

2011.9.7(第9回)
取材旅行三日目

 三日目、鹿児島は快晴です。
 早々にチェック・アウトをすませてホテルを出ると、タクシーが一台、ぽつんと駐っておりました。
 そこまでは気持ちのいい朝。
 よからぬ波動は、タクシーに乗ったとたんに、寄せてきました。
 キャリー・バッグを、よっこらしょと脇の座席に置くと同時に、運転手が振り向いて、舌を打ったのです。
 かなりの年輩者。
 舌打ちは、シート汚れるからバッグは床に置けという合図でしょう。
 見ると、なるほどまっ白なシート・カバーです。
 降ろしたてのカバーなのに、小汚いキャリー・バッグを無神経に置くとはけしからんと、睨んだわけです。
 気持ちは分からないでもない。しかし、たかがカバーです。
 カバー本来の存在理由はシートを汚さないためもので、そのために汚れるのはカバーの役目です。
 いわば、汚れるのはカバーの仕事であって、それをさせないというのは不当な労働妨害ですが、綺麗さを保つにはその上からもう一枚カバーをかぶせておかねばならず、それの汚れもダメなら、さらにまたカバーと、永遠なるマトリョーシカ人形状態にしなければなければなりませんね。
 で、行く先を告げると、今度はえっと、わざとらしく驚き、すぐ不機嫌になった。
 これも分かります。
 この不況時です。一発、長距離市内観光を狙って、じっと網を張っていたところが大穴外れ、ほんの眼と鼻の先の鹿児島駅なのですから。
 そりゃ顔に嫌味の一つも出ましょうが、僕は馬券じゃありません。それに外れたからといって、馬券に罪はないのです。
 ホテル客に目星を付けたあなたのせいです。
 地道に稼いでくんなまし。
 ところがこの運転手、駅で降りるときも一言あった。
 「気をつけてや、汚れるから」
 渋い顔で睨みつける視線の先には、僕のキャリー・バッグ。
 ようするに降ろす時は、引きずらずにそっと持ち上げなさい、バッグをシートに擦りつけてはならんという意味です。
 たぶん上司に怒られるのでしょうね。
 「稼ぎも少ないくせに、カバー汚しだけは立派だな」
 とかなんとか。
 僕は、タクシー運転手の悲哀を分かっています。
 というのも見聞旅行先で・・・あっ、最近は取材旅行とはいわずに見聞旅行ということにしているのですよ。
 取材だと、なにかこう木材とか鉄材を連想させるので、それよりやはり見る聞くなので見聞旅行の方がぴったりくる。

 話を戻します。
 その見聞先でのタクシー利用は頻繁ですから、愚痴を聞く機会はことのほか多い。
 地方のタクシー運転手は、恵まれていませんね。
 年収は、150万円から200万円だそうです。
 タクシー運転手=生活無能力者
 この図式がすっかり定着しており、自分の仕事を口にしたとたんに、女の子は蜘蛛の子散らすようにぱっといなくなり、嫁の来手がない。
 年輩者は年輩者で、共稼ぎをしないことには食べていけない。
 したがって「甲斐性なし」「男として、親としてどうなのか」と、家庭でさんざんな目に合っているわけです。
 毎日真面目に働いて、家の一軒も持てないというのは、あきらかに国の政策が間違っているのですが、収入は地を這うほど低いのに、上司の風当たりはキツイし、家庭も冷たいとなれば、やり場のない感情にイラつく気持も理解しようというものです。
 想像を絶する物を見て来た僕は、人間の尊さを知っています。
 あなたは僕で、僕はあなた。この思いが、いつ身に着いたのかはっきり分かりませんが、誰を見ても他人ごととは思えないのですよ。
 「そうね。ハイハイ、これで大丈夫かな」
 とかなんとか言って、ささやかなお釣りのチップで心を癒す。
 セラピストとしては、それくらいのことはできます。

 さて日本の誇る新幹線です。
 開業からほぼ50年、その実績はすばらしい。企業道徳もたいへんよろしく、間違っても車両を土に埋めることはありません。
 しかし50年もたてば東京大阪間など、もやは旧幹線であろうと思うのだが、いまだに新幹線だと言い張る。
 それはさておき、今回乗ったのは、今年の春に開通したばかりのピッカピカ、正真正銘の新幹線です。
 九州新幹線。
 しかし意外なことに、国民の多くはそれを知らない。
 それもそのはず、とんでもないことが起ったからです。
 停車駅ごとに予定していたお偉方の万歳三唱、小学生の鼓笛隊パレード、紙吹雪、地元町内会が打ち揃って華々しい開通記念式典を計画し、さあ本番と意気込んだ矢先の前日です。
 なんとあの東北大地震が起こった。
 これはもう自粛の二文字。選択の余地はありません。
 実はこれに、危険を感じるのは僕だけでありましょうか。
 緊急事態はなんの考えもなく、権限や権利を国家に与えてしまいます。
 しかし、問題は「なんの考えもなく」です。
 これが危ない。
 毎年、毎年の自殺者三万人は緊急事態ではないのか? 交通事故の死者、重傷者合わせて毎年、三万人超は緊急事態ではないのか?
 人命に違いがあるのか? ならばなぜ自粛は今回だけなのか?
 と、さまざまに振り返ってみんなで話し合っての結果であればいいのですが、なんの考えもなく「問答無用の空気」に流されての自粛というのはいかがなものかと思ってしまう。
 ともあれ、ぜんぶぶっ飛ぶ。
 九州新幹線は、その陰でひっそりと滑り出したのですね。

 意外にも、シートに座った感じは、東海道線とたいした変わりはなかった。
 細かな進化はあるのかもしれませんが、五感が違いを区別できない。
 なにはともあれ、これでゆっくり寛げます。で、眼を瞑って眠ろうとした矢先でした。
 やおら、車内アナウンスがはじまったのです。
 「本日は御乗車、ありがとうございます……」
 飛行機であろうが、電車であろうが、日頃この手のアナウンスの無用論者です。
 ありがとうの連呼より、黙って放っておかれた方が、ありがたい。
 すると、
 「感謝の気持ちを伝えるアナウンスのどこが悪い」
 流す方は、そうおっしゃるかもしれません。
 しかし、どこかお間違えになっているのではござんせんか?
 感謝を受ける方が、感謝と感じない感謝の押しつけの、いったいどこが感謝でありましょうか、という簡単な理屈です。
 そんなことを考えている間も、アナウンスは終わらなかった。
 それどころかますますエスカレートし、ついには始発の鹿児島からはじまって終着の大阪までの停車駅、たしか20駅くらいだったと思うけれど、順番にスピーカーから流れはじめたのです。
 まさか、自分の降り駅を知らないで新幹線に乗るアホはいないはずで、なに故シートに座った人間に再度知らせなければならないのか? その理由は分からない。
 ようやく終わったかと思いきや、いやはや、次は英語バージョンがはじまった。
 大阪まで停車駅を延々と・・・
 まいったなあと思っていたら、こんなものじゃなかった。
 続いてチャイナ語!
 どれだけやれば気がすむのだろう、あっ、まさかひょっとしたらと思っていたら、そのまさかがずばり的中し、ついに韓国語でもやらかしてしまったのであります。
 まだ発車する前、それも二度の繰り返し。余すところなく、のべつ幕無し、きれいさっぱりと。
 すなわち約20駅×4ヵ国語×2回ですから約160回も駅名を聞かされたのですよ。
 これを悪夢でなくて、なにが悪夢でありましょう。
 おカネを払ってまで拷問を希望した覚えはなく、とにかく静かに休みたい。煩(うるさ)いったらありゃしない。
 お節介と言うかなんというか、アナウンスは緊急時の最低限にとどめるべきで、外国人への案内なら、座席に入っている雑誌か、電光掲示板で行っていただきたい。
 とは言え、僕の神経は図太く、悔しいことに韓国語を聞きながら眠りこけてしまっていた。

 列車に揺られるとは言いますが、新幹線に揺られるとは言いません。
 それほどスムーズでありまして、すっと移動すること約45分、停まる駅ごとの4ヵ国語拷問には閉口しましたが、無事熊本に着きました。
 初めての地です。

 この地は、かつて菊池氏の領地でした。
 菊池氏は南九州に根を張った武将ですが、興味深いルーツを持っています。
 高貴な藤原氏の一族、あるいは源氏の末裔、いやひょっとすると、もっと遡れば、天皇をもしのぐ権勢を誇った、かの蘇我氏を先祖に持っていると憶測する人もいます。
 いずれも否定しがたい根拠があって、ロマンです。
 力は正義なり、武力は真実なり、の時代ですから、武将系図の捏造など簡単で、曖昧なのですが、それはまたそれで思いが錯綜し、謎解きの楽しさに通じます。
 とにかく菊池氏、南北朝時代は南朝に付いている。
 九州まで押し寄せて来た足利尊氏軍団の猛攻を受け、堪え忍ぶも、その200年後、内部対立があって菊池氏はあえなく消滅します。
 ただし、後醍醐天皇の信頼は抜群で、数ある皇子を護衛し、全国、特に東北に散らばっているのです。
 たとえば岩手の遠野市です。
 菊池姓は大変多く、古のよしみで熊本の菊池市とは友好都市関係です。
 また西郷姓は菊池氏亜流です。将軍徳川秀忠の母、会津藩家老、そしてあの西郷隆盛……と、菊地の血は絶えることなかった。

 熊本は、かつて隈本でした。
 地に歴史あり、歴史に理由あり。
 余所者(よそもの)の加藤清正が所替えとなってこの地に入ったのがきっかけです。「隈本城」を改築し、1606年「熊本城」と名を改めました。
 なぜ「隈」を「熊」にしたのか?
 「隈」は、この地でヤマト朝廷に抵抗した「熊襲」(くまそ)から転じたに違いないと僕は踏んでいるのですが、この一帯はクマソの領地です。
 ヤマト政権は、手こずったクマに「隈」という「辺ぴな場所」という「陰」のイメージ漢字をあてて、見下した。
 だれだってそんな地名は嫌ですから、誇り高き加藤清正が、勇猛な「熊」にしたのは人間の心理です。

 さて僕の目当は熊本城ただ一つ。
 見聞旅行ですから、市民観察は欠かせません。ならばタクシーではなく、チンチン電車です。
 椅子に座って四方を眺める。
 背丈、顔つき、マナーや仕来たり、果ては電内の構造、車内アナウンスのアクセントにいたるまで見聞対象は尽きません。
 熊本人の貌を眺めると、やはり薩摩隼人と同系列の縄文系、近畿を中心に多くみられる朝鮮半島系とは違います。
 エキゾチックなのですね。

 熊本城は独特の貌でした。
 念のいったしつらえだけあって、見るからに難攻不落の城。
 堀の傍らに立っていると、一週間ぶっ続けで闘うような薩摩武士相手に、ついに守り切った情景が、色あせずにありありと浮かぶようです。
 その時、立て籠もった政府軍が放火し、ほとんどが焼失の憂き目にあう。
 なんとも罰当たりなことですが、戦争というのは殺すか殺されるかですから、今と文化が違います。言葉も飯も道徳も全部足りなかった時代、ぬくぬくした環境の我々が、非道云々と口を挟むのはフェアではありません。
 というわけで、今の建物はほとんど復元されたものです。
 ただし昔の面影を残そうと頑張ったらしく、櫓(やぐら)の木造階段はとんでもなく急勾配で、心の臓に悪い。
 僕でさえ、しんどいのに袴姿の侍は、もっとしんどかったろうし、女衆にあっては想像だにできません。
 おそらく女人は禁制だったではないだろうか、と思っているとさらなる難敵に出くわした。
 修学旅行生です。
 細い階段は一列で一杯になる。
 登ろうとしても、上から降りてくるわ降りてくるわ、次から次とぞろぞろ、ぞろぞろ、ようやく途切れて、はじめて上りが許可になるという一方通行。
 だが各階には下りたい、登りたいという他のクラス、他の学校の伏兵が、わんさか待機しているのです。
 修学旅行生にポツネンと埋もれて待つ、作家の図。
 同情していただきたい。
 とにかく煩(うるさ)い。歴史など知ってか知らずか、キャーキャー、わいわい、タレントの話しで盛り上がっている。
 青春とはそういうものであろうが、あまりひどい。先生がいないのかと思ったら、一緒になってはしゃいでいるのですよ。
 制服姿の集団はみな同じに見えます。
 京都、奈良、出雲、長崎、高知……見聞先ならどこに行っても、先回りして僕を待ち受ける忍者のごとき天敵であります。
 「ハイハイみなさん」
 と、手を叩いたのは僕です。
 「ここは学校ではありませんよ。社会です。社会に出たら、社会人の迷惑にならないしょうに静かにしようね、それがルールです」
 作家は、学生のマナー向上にまで役立つのですね。
                                  続く

★加治先生の『アルトリ岬』の文庫版が、PHPより9月17日に発売されます。
 世界初のメンタル・セラピー小説です。
 癒されてください。と同時に、セラピーとはどういうものか、手に取るように分かる作品です。
 読んで感動したら、是非ブログやツイッターやフェイスブックで広めてください。
 よろしくお願いします。
 

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Profile:加治 将一(かじ まさかず)

作家・セラピスト。1948年札幌市生まれ。1978年より15年間、ロサンゼルスで不動産関係の業務に従事し、帰国後、執筆活動に入る。ベストセラー『企業再生屋が書いた 借りたカネは返すな!』(アスキー)、評伝『アントニオ猪木の謎』、サスペンス小説『借金狩り』、フリーメーソンの実像に迫った『石の扉』(以上三作は新潮社)など多数の著作を発表。『龍馬の黒幕』『幕末 維新の暗号』『舞い降りた天皇』『失われたミカドの秘紋』(すべて祥伝社)の歴史4部作は大反響を巻き起こし、シリーズ 50万部の売上げ更新中である。その他、カウンセリング小説『アルトリ岬』(2008年 PHP)や『大僧正とセラピストが人間の大難問に挑む』(2010年 ビジネス社)などがある。
2011年4月に最新刊『陰謀の天皇金貨』(祥伝社刊)が発売。

★加治将一 公式音声ブログ: http://kajimasa.blog31.fc2.com/
★加治将一 公式ツイッター: http://twitter.com/kaji1948

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