船井幸雄グループ社員の、日々もの思い、考へる

このページは、船井本社グループスタッフによるコラムページです。 「これからは“本音”で生きるのがよい。そのためには“本物の人間”になることが大事」という舩井幸雄の思想のもと、このページでは、社員が“本物の人間”になることを目指し、毎日の生活を送る中で感じていること、皆さまに伝えたいことなどを“本音ベース”で語っていきます。

書:佐野浩一
船井幸雄グループ社員の日々もの思ひ、考へる あの社員の一日を公開!
舩井幸雄との出会いを思い出してみました。
2014.3.4(Tue)
社名:(株)船井本社 『舩井幸雄.com』事務局&『舩井メールクラブ』事務局
名前:藤原 かおり

 皆さんこんにちは。あたたかくなったと思えば寒さが戻ったりと、三寒四温の日々ですが、いかがお過ごしでしょうか。
 船井本社『舩井幸雄.com』事務局&『舩井メールクラブ』事務局の藤原かおりです。

 2月14日に増上寺にて舩井幸雄の社葬を無事終えました。大雪の中、ご参列くださいました皆さま、本当にありがとうございました。
 (私にとっては)舩井幸雄とご縁をいただき約10年での悲しいお別れになってしまいましたが、舩井を思い出すたびに、悲しみではなく、感謝の想いしか出てこないのが不思議でさえあります。

 ここでちょっと私の舩井幸雄とのご縁を思い出してみたいと思います。どうぞおつき合いくださいませ。
 私は2004年の6月に、いまのイリアール(株)の前身の(株)船井コミュニケーションズという会社に、転職活動の末、入社しました。30歳の時でした。

 ところで20代の後半の一年間、私はフランスのパリに留学をしました。学生時代にアメリカへの1ヵ月の短期留学を経験したことから、フランス留学が私の大きな夢になっていたのです。留学後のことは考えず、とにかく「行きたい!」という思いを優先して実現させました。
 夢にまで見たパリでの生活は本当に楽しく輝いていて、まさに私の人生の中の“パラダイス”と言える有意義なものでした。

 ただ、この“パラダイス”が終わった後は想像以上に大変でした。
 帰国後、これも勢いで「何とかなる!」との思いで実家の香川県から上京しました。
 とりあえず語学を活かせる仕事を探そうと、大して活かせる語学もないのに就職活動をし、なんとか派遣で外資系の企業で働きはじめ、うまくいけばそこでそのまま正社員になれるはずでした。ところが、後から入社してきて上司になった女性とうまくいかず、結局私が辞めさせられることに……(いま思えば、この女性がいたからこそ舩井とご縁が持てたのですが。ちなみにこの会社は増上寺のすぐそばにありました。縁を感じます……)。

 せっかく決まったと思った仕事がなくなってしまったショックや挫折感で、その後、しばらく体調を崩してしまいました。
 また留学という長年の大きな夢が叶っただけに、頭の中は「まっさら」になっており、その後の方向性がまったく見出せなくなっていたのです(軽い認知症みたいなものでした(笑))。

 「自分が何をやりたいのか」「そもそも私ってどんな人間だったっけ?」と記憶すら曖昧になっており、模索の日々でした。
 一人暮らしなのでとりあえず仕事は決めなければ……でも何もできない、体が動かない……。そんな日々を1年半くらい過ごしました(この間、いろいろと支えてくれた実家の家族には本当に感謝です)。
 とりあえず自分を見つめ直してやりたいことを見つけようと、そのヒントを求めて興味を持った本は、人に奨められたものもあわせて手当たりしだい読みました。

 その時読んでとくに支えられ、糧になった本が、浅見帆帆子さんや江本勝さん、天外伺朗さん、篠原佳年さん(わいわいクリニック 院長)などの本でした。
 そしてある時、それらの本の著者の方々が共通して、ある一人の人物につながることに気づいたのです。
 それが、舩井幸雄でした。

 「私が直感で興味を持って読んだ本の著者は皆、舩井幸雄さんにつながっている。舩井幸雄さんって何者……?」
 と思って最初に読んだ舩井の本が『この世の役割は「人間塾」』(ビジネス社)でした。

 『人間塾』……深いことが書いてあるなぁ……と思っていた矢先に新聞で見つけたのが、「舩井幸雄グループ (株)船井コミュニケーションズ」の求人広告。早速受けてみると、運よく採用していただきました。
 その後、会社の事業・人事変革などがあり、当時(株)船井メディアの社長で、現在(株)船井本社 秘書室長の野々垣の声掛けがあり、熱海で舩井幸雄に直接紹介してもらえることになり、2005年3月から(株)船井本社に入社させていただくことが決まりました。私が新卒で就職した会社が出版社で、編集の経験があることなどもかってくれ、『舩井幸雄.com』の編集を担当させてもらえ、現在に至ります。
 この間、舩井からの直接の指導で、私はそれまでの自分の考えがまさに180度変わりました。うわべだけではなく、まさに芯から、しかも自然に変えてくれるのが「舩井流」でした。
 あえて一言で言わせていただくと、大きく歪んでいた私を正してくれたのです(冗談ではなく、20代の頃の自分より今の方が若返っているような気がするのです)。本当にすごい人でした。

 何の方向性も見出せなかったあの暗闇の時期に、自分自身で「舩井幸雄」の存在を見つけ出したということが、実は密かな私の自信になっています。
 だから、舩井幸雄を信じることは、自分を信じることにつながるのです。
 そして舩井を知るまでは、普通にどっぷりと「資本主義」に染まっていた私が、いまでは「舩井流」以外考えられなくなっているので、この経験もふまえてこれからも「舩井流」を大切に広めていきたいと思います。
 これからもどうぞよろしくお願いいたします。


2周目:「鳥インフルエンザからニワトリを想う」
3周目:「日本の独立と個人の自立」
4周目:「資本主義について思うこと」
5周目:「“野性”を目覚めさせるには・・・」
6周目:「にんげんクラブ全国大会で気づいた“つながり”」
7周目:「歪みを正す方法」
8周目:「“グレー”からの脱却」
9周目:「“コンサバ”に思う」
10周目:「“野菜”は本当に健康にいいのか?」
11周目:「ロンドン・シティで感じた意外な“気”」
12周目:「フリーエネルギーとUFOの関係」
13周目:「最近読んでショックを受けた本」
14周目:「“寄り添う”ということ」
15周目:「“五井野イズム”に触れて……」
16周目:「秘伝のお茶と新コラム」
17周目:「偶然とは思えない3つのこと」
18周目:「「本物」は野性的!?」
19周目:「日本人の「水戸黄門」幻想」
20周目:「嫉妬の時代」
21周目:「久しぶりに会った舩井幸雄」

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