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リレーでつなぐ"ハート"の話

このページは、リレー形式でそれぞれの人に“愛”をテーマに、恋愛や家族愛、人間愛、パートナーシップ、コミュニケーション、大切な人への想い…などを自由に語っていただくページです。 それぞれの方に半月に1回、計3回ずつご執筆いただき、その方から次にご執筆いただける方を紹介していただく形をとっています。順々に人と人とのつながりの輪が広がっていきます。

2013.05.15(第54回)
♪今回の執筆者♪
西郷 竹彦さん(3回目・最終回)
(西郷さんの詳しいプロフィールはページ下にあります。)
戦後の話(随想)

○土方、そして大工修行
 朝鮮平壌の航空隊で敗戦を迎え、ソ連軍の捕虜となり、四年後、帰国した。郷里の屋敷すべては鹿児島大空襲で灰燼と化し、親兄弟も居ない身であったから、舞鶴から、そのまま、東京へ出た。
 ソ連帰りのアカとあれば、人並みの職など望むべくもない(そんな時代であった)。 それに私は、ソ連のモスクワ東洋大学日本学部の大学院生に、日本文化・文学を教えていたこともあり、文芸学(文芸の哲学的・科学的研究)を構築してやろうという野望に燃えていたこともあり、出来るだけ自分の時間が欲しかった。自由が欲しかった。そのためには、たとえまともな職があっても、職場の人間関係で縛られたくなかった。
 戦後の荒廃と混乱から、巷(ちまた)には失業者があふれていた。その救済のため、俗に「ニコヨン」(日当二百四十円の意)と呼ばれる日雇い仕事があった。私は、これ幸いと、すすんで「ニコヨン」になった。
 スコ(スコップ)で土をきる(土方は「掘る」とは云わない)しごとである。地下足袋に、手っ甲脚絆。ぴしっと決めると身も心もひきしまる。腹掛けに文庫本一冊しのばせて「職場」に向かう。
 武蔵野の土は、黒い火山灰と赤土である。スコで土を切るのは、快感があった。人一人入れるほどの幅。腰までの深さに切ってゆく。どうせ明日は、コンクリを流し込むのだからおおまかに掘ればいいのだが、それでは何とも後味が悪い。包丁で羊羹でも切るように、ぴしっと切りたい。穴の底の土塊も、きれいにさらいたい。いわば「土方の美学」とでも云うのだろうか(勿論、そんな土方が居るのかどうか)。
 きりのいいところで、上にあがり、木陰にゴザを敷いて、ごろっと、横になる。おもむろに文庫を広げ、読み始める。誰に遠慮もいらぬ。一語、一語なめるように読み、味わう。一句にこだわり、行間に思いをはせる。至幅のとき、である。
 誰に遠慮もない。勝手に休んでも、迷惑する者はいない。気兼ねも要らぬ。これぞ、自由! 私にとって、土方は、うってつけの「天職」であった。
 青ぞらを仰いで、ひとり思索にふける。私の文芸学は、ここから、この「研究室」から生まれた、といっていい。
 もちろん、二百四十円の日当では、食うのがやっとである。女房の愚痴が絶えない。はては不満が爆発する。
 こうなれば、逃げるほかない。武蔵野には逃げて隠れるには格好の雑木林や竹藪がいくらでもあった。踏むとふわーとめりこむ落ち葉の「ふとん」。腰を下ろすと大地のぬくみがほのかに伝わってくる。林は、明るく、不気味なほど静まりかえっている。我が家の喧噪からのがれ、ここには、私だけの空間と時間があった。今にして思えば、贅沢な「書斎」であった。

 しばらく土方をしたあと、私は、宮大工の棟梁について大工の修行をさせてもらった。
 大工や鍛冶屋、石工などは、子供の頃からの「あこがれ」であった。幼なかった私は、彼らの仕事ぶりを終日覗いて飽きなかった。
 修行は、まず鉋(かんな)と鑿(のみ)の研ぎから始まった。荒砥(あらと)から中砥(なかと)、仕上砥(しあげと)と順に刃物を研ぎあげてゆく。あおびかりする刃面をにらんでの、研ぎ三昧である。刃先をたてると、一瞬、すっと消えてしまう(ように見える)――そんな研ぎ方は、至難の業である。
 鉋も鑿も、その刃は、真っ直ぐに研ぐのではない。両端に角が立つよう、わずかに凹形に弧をなすように研ぐのだ。これで、隅々が、ぴしっと削れるのだ。しかし、下手な研ぎでは、逆に角が丸まってしまう。
 毎日が、ただ、研ぎで、すぎてしまう。研いでも研いでも、棟梁は「うん」と頷いてくれない。明け暮れ、ただ砥石に向かう。先々、大工になるつもりのない私の本心を見抜いてか、棟梁は、ただ研ぎだけをやらせた。一月ほどして、やっと研ぎの腕だけは認めてもらえた。
 そのうち、教育雑誌に「文学理論」の連載を頼まれるようになり、大工の修行は止めたが、なんの仕事であれ、およそ一芸に秀でると云うことは、万の道に通じるものであることを悟った。文芸学の研究にしても、授業や、講義で黒板に板書するにしても、「一事が万事」という。大工や土方仕事で会得したことのすべてが、そのまま、今の私の研究実践、また運動に役立っていることを悟った。

○バタ屋(屑買い)をしながら
 1950年6月25日、朝鮮戦争勃発。立川飛行場は空軍の基地と化した。
 ソ連から引き揚げてきた私は、三鷹市の引き揚げ者寮にいたが、立川の引き揚げ者寮に移った。共産党の組織から、砂川基地反対闘争に参加するよう要請された。私たちは、立川周辺の米軍の動静について独自の調査を始めることになった。

 私は、バタ屋(屑買い)を始めた。
 世間は、いわゆる「カネヘン景気}(軍需景気)。鉄や銅などの金属類の需要が急激に増大し、バタ屋も、そのおこぼれにあずかることになる。
 といっても、私は、ひと儲けをたくらんだわけではない。朝早く屑屋に行き、リャーカーを借り、なにがしかの釣り銭用に小銭を受け取り、立川の町へ出かける。立川周辺の農家では、畑の片隅に「はなれ」を急造、オンリーと呼ばれた米兵の「日本人妻」たちが住んでいた。リャーカーをひいて、缶詰の缶やビール、コーラなどの瓶、その他の屑を買う。オンリーの口から、それとなく米軍の動きを聞き出す――という、妙な商売デアル。
 そんなことを、何ヶ月もつづけていると、オンリーたちとも親しくなり、しまいには身の上相談まで受けるようになる。
 私は、はからずも、女たちの悲しく、いたましい運命の「立会人」となった。
 ある女は、黒人兵にレイプされ、身ごもってしまった。とやかくしているうちに時期を失し、彼女は無謀にも階段から飛び降りるなどして流産をはかった。が、果たせず、月満ちて男の子を産んだ。肌の黒い子であった。
 腹の子を呪いつづけていた女も、わが子を腕に抱いたときから一変した。母としての本能が目覚めたのであろう。赤ん坊に乳をふくませている彼女は幸せそうにも見えた。
 しかし、わが子が、肌の黒さゆえに、世間から冷たい白い眼で見られることへの悲しみと怒りも、また味わうこととなった。銭湯につれていったわが子が、むきになってその黒い肌をごしごしこすっている姿が切ない、となげいた。
 ある女は、郷里から母がたずねてくるので、仮の夫をつとめてくれという。しかたがないから、私は、素朴な田舎の母親の前で、二日も「夫」を演じつづけなければならなかった。

 ……現在の私は、半世紀をこえる戦後の明け暮れを、ひたすら文藝を哲学的、科学的に研究する文芸学に入れ込んでいる。これまで書き記した論文は、すべて『西ク竹彦 文藝・教育全集』全36卷(恒文社刊)に納められている。
 文藝作品の、あの灰色の活字の羅列から、人間の喜びや悲しみ怒りや嘆き……もろもろの感情を身につまされて感得できるようになったのは、こうしてリャーカーひきながら、門付けのように露地から露地へ、貧しい底辺に生きる人々の暮らしを、まざまざと見つめてきたからであろうと思う。

 砂川基地闘争は、平和のための、植民地化された祖国の解放、民族独立のための、闘いであった。その中で私の青春は燃えた。
 継ぎだらけのズボンに、ズック靴、それが私の「正装」であった。そのいでたちで私の青春は燃えた。十円玉、三枚で買える古本の文庫。それが私の「研究文献」であった。リャーカーを引きながら片手で文庫本を広げて読む。原稿用紙は広告の裏を使う。拾ったえんぴつでメモする。机など使うことは、ほとんどない。どこででも書ける。
 講演会や研究会など、全国各地をかけまわりながら、この「全集」に納められている原稿のほとんどを、列車の中で、喫茶店で、旅宿で、書いてきた。周りで人が雑談していようと、出入りしていようと、本や原稿用紙に向かうと一切を忘れて集中できるのである。
 思えば私は恵まれていた。会社や役所や大学などの、ややこしい人間関係に煩わされることなく、自由を恣(ほしいまま)にしてきた。土を掘りながら、リャーカーをひきながら、わたしは、考えたいことだけを考えてきた(だが、いまの私には、そんな贅沢な時間は無くなった!)。 

○府中市議選に出馬
 砂川基地反対闘争のさなか、私は、府中市議選に無所属で立候補した。
 ベースボール・マガジン社社長の池田恒雄さんが、一文無しの私のために、選挙のポスターやチラシなどを刷ってくださった。池田さんは、早稲田の英文科出身のリベラリストで、私が、かねてソ連・東欧諸国の出版物を紹介するなどしていて懇意であった。
 何処の馬の骨か解らぬ奴が立候補したというので、新聞各社が、わっと、取材にやってきた。が、市政そっちのけで基地反対のことしかしゃべらぬ私に、みんなあきれていた。 
 私は、議員になりたいと思ったことはない(今もない)。候補者としての特権を生かして、街角という街角、また立ち会い演説会場で、基地反対を訴えようとかんがえたのである。候補者は、何処でも、何をしゃべっても、自由であった。こんないい機会は、滅多にあるものではない。
 他の候補者が宣伝カーで走り回るなか、私は、中古のがたぴし自転車を漕いで廻った。
 府中は、市とはいっても田舎。ひろびろとした田畑や雑木林がつづくなかに、集落が点在していた。ところかまわず、基地反対を叫んで廻った。
 あるとき、私が、あぜ道に自転車を止めて、野良仕事の人々にむけてハンドマイクでしゃべっていると、通りかかったお年寄りが、「ここは府中市じゃあないよ」と、親切に教えてくれた。わたしは、「どこでもいいんです。砂川基地反対を、みんなにわかってもらいたいだけだから」と言った。お年寄りは肩をすくめて、立ち去った。よっぽど変な候補者と思ったに違いない。

 こんな調子であったから、結果は、勿論、落選。さいわい、どうにか法定の票数に達していたので供託金は取られずにすんだ(それにしても、どんな方が私に票を入れてくれたのだろうか)。

○少年行動隊と老人
 砂川基地闘争のクライマックスは、なんといっても青梅街道でのデモ隊と警察隊との激突であろう。暮色迫るなかに、どこからともなくわき上がった「赤トンボ」の歌が、対峙する両陣営の人々の胸に感動の波として広がった……というエピソードは有名である。
 私たちは村の悪ガキを集め、「少年行動隊」と名付けた。彼らはわれわれの予想をはるかに超えて実にユーニークな闘いを展開した。
 青梅街道には、樹齢二百年を超えるケヤキの大木が、街道の片側に林立していたが、かれらはその街路樹の間を縄ばしごでつなぎ、猿(ましら)のごとく、自由自在に「往来」した。いや、そればかりではない。かれらは敵側についての情報をわたしたちにもたらし、あろうことか、樹上より『敵』がわに石つぶてを雨と降らせるなど、果敢な闘争を展開したのであった。
 何しろ相手が童とあれば、ムキになって「反撃」するのも大人げない。いや、かりに本気になって立ち向かったとしても相手は樹上にあって、いざとなれば縄ばしごを伝ってさっさと引き上げてしまう。何とも始末に悪い相手である。

 砂川基地反対闘争のほとぼりもさめて、後年、今度は、成田空港反対の三里塚闘争が燃え上がった。その頃、千葉に住んでいた私のところに、三里塚闘争の若い連中が、どこからか私のこと聞いたのであろう、「先輩」に敬意を表して「あいさつ」に来た。もっぱらおとなしく文芸学の研究に頭をつっこんでいた私は、なにがしかのカンパはしたが、腰は上げなかった。
 一方、右翼の奴らにも私のことは知られていたと見えて、あるとき、右翼の某から封書の脅迫状がとどいた。住所を見ると、意外にも鎌倉であった。封を切ると、巻紙に墨で長々と脅し文句が書いてあったが、誤字、当て字だらけであった。私は、朱筆で丁寧になおして、そのまま送り返した。さすがに恥じたのか、なんの音沙汰もない。

 私は、いろんな事情で、住居を転々とすることになったが、六十年安保、七十年安保と、私の三十代はデモに明け暮れた。

 国会周辺のデモの時である。私は、新劇人会議の仲間達とデモっていた。風格のある痩身の老人が、路傍の石垣に腰掛け、行進していく私たちに、わずかに右手を挙げ、穏やかな声で「私もあとから、ぼちぼち行きます」といわれた。作家の青野季吉さんだと誰かがおしえてくれた。良心的なリベラリストで知られた青野さんが、老体で、疲れもかえりみず、デモに参加されたことに、若かった私はいたく感じ入った。青野さんは間もなく亡くなられたことを新聞で知った。
 いまも、あのデモのときのお姿は、瞼の裏に焼きついている(今の私は、青野さんの年を遙かに超えた、が……)。

Profile:西郷 竹彦(さいごう たけひこ)

西郷 竹彦さん
1920年鹿児島県生 文芸学者
元  鹿児島短期大学教授
現在 文藝教育研究協議会会長
    総合人間学会理事
著作『西郷竹彦 文藝・教育』全集 36巻 恒文社 他多数
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2012.05.15 :「人のご縁」が人生の変容を迫ってくる (鈴木 七沖(すずき なおき))
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2012.04.15 :どんな仕事でも人を幸せにできる。大切なのはその人の「あり方」 (比田井 和孝(ひだい かずたか))
2012.04.01 :船井幸雄先生の教え「何のために働くのか」 (比田井 和孝(ひだい かずたか))
2012.03.15 :いつも神さまは… (矢島 実(やじま みのる))
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2012.02.15 :116テンポがつないでいくれた愛 (矢島 実(やじま みのる))
2012.02.01 :父からの「愛のバトン」 (片岡 由季(かたおか ゆき))
2012.01.15 :自分を愛するということ (片岡 由季(かたおか ゆき))
2012.01.01 :いつかめぐり会うあなたへ (片岡 由季(かたおか ゆき))
2011.11.15 :「慈愛」の心を持つ努力 (堀内 康代(ほりうち やすよ))
2011.11.01 :愛を失わないためにできる事。 (堀内 康代(ほりうち やすよ))
2011.10.15 :愛を感じる「時」 (堀内 康代(ほりうち やすよ))
2011.10.01 :日常の中で小さな幸せを感じる方法 (眞田 まゆみ(さなだ まゆみ))
2011.09.15 :香りをつかって「愛」を呼び込む方法 (眞田 まゆみ(さなだ まゆみ))
2011.09.01 :スキンシップから目覚める自己革命(眞田 まゆみ(さなだ まゆみ))
2011.08.15 :大切なものを大切にするということ(水村 和司(みずむら かずし))
2011.08.01 :あなたのミッションは何ですか?(水村 和司(みずむら かずし))
2011.07.15 :悲しみのクラスター(水村 和司(みずむら かずし))
2011.07.01 :いちばんたいせつなことって、いったい何?(佐藤 伝(さとう でん))
2011.06.15 :恋は “カゼ”(佐藤 伝(さとう でん))
2011.06.01 :パートナーは、人が運んでくる(佐藤 伝(さとう でん))
2011.05.15 :単純なものに真実がある(中西 学(なかにし まなぶ))
2011.05.01 :本気で叱る、関わり続けるということ(中西 学(なかにし まなぶ))
2011.04.15 :今の自分がいる理由(中西 学(なかにし まなぶ))
2011.03.24 :人生を愛で満たす(原村 和子(はらむら かずこ))
2011.03.01 :愛のバトン(原村 和子(はらむら かずこ))
2011.02.15 :“愛”はすでに自分の中にある(原村 和子(はらむら かずこ))
2011.02.01 :“おめでとう”は器のバロメータ(佐奈 由紀子(さな ゆきこ))
2011.01.15 :“ありがとう”は魔法の言葉(佐奈 由紀子(さな ゆきこ))
2011.01.01 :愛を持って(佐奈 由紀子(さな ゆきこ))



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