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船井幸雄注目の “本物”に携わる人たち

このページでは、舩井幸雄が注目していた、医療、経営、農業、未来予測、占星術などあらゆる分野で活躍する“本物”と言っていい方々を紹介します。それぞれの方に毎月1回、3回ずつコラムを書いていただき、順番にいろいろな方を紹介させていただきます。

2020.06.10(第113回)
★今回の執筆者★
医療法人むらつ歯科クリニック 院長 他 村津 大地さん(3回目・最終回)
(村津さんの詳しいプロフィールはページ下にあります。)
私から見た村津和正

村津和正(左)と一緒に

■はじめに
いよいよ今回が最終回となります。命の入り「口」についてお分かりいただけたでしょうか。これまで噛む道具と思っていた歯には重要な役割があり、身体に直接影響する働きが隠されていたのです。それだけではなく、口から始まる真の健康。かみ合わせで身体の外と内のバランスを正し、筋肉の緊張から起こるホルモンバランスや自律神経系の負のサイクルを断ち切って、身体全体の調子をととのえ、さらに脳ストレスを改善して能力の向上にも関わっている。
「口」を真の健康にしていくことが、結果的に全身の健康へと繋がっています。
今回を通して「歯」や「口」についての認識や考え方がすこしでも変わって頂けたのであれば幸いであります。
「歯は臓器、歯があるのが当たり前の社会をつくりたい」これからも変わることのない私たちの信念です。
父である村津和正がこの考えにたどり着き、そして全力で歩み続けていった30年間。仕事に命を懸けている父親の背中をずっと見てきました。
最後は私と父、村津和正との関係についてお伝えさせてください。

■昔を思い出して
父は昭和29年に大分県別府市に生まれました。子どもの頃は体も小さく、とても優しく面倒見の良い子供で、負けん気は強かったそうです。学校の成績は優秀だったらしく、高校進学に際しては地元の高校ではなく、校区外の県内一の進学校に進学。「地元の学生は勉強しないから、遠くても一番優秀な人が集まるところで頑張りたい。」そう言って中学校の先生と祖父を説得したそうです。(祖父談)
子どもの時から自分で決めたことは曲げない、頑固で負けず嫌いなところは大人になっても変わらないものですね。

その後、歯科医師となり前回の話へとつながっていきます。
「歯は臓器である」ということを発見した父は1993年に博多駅前のビル(現 歯臓ビル)の5階にユニット3台で開業。父が39歳で、私は11歳でした。
当時の父はとても厳しくいつも怒られていたような気がします(もちろん、私もそれなりに悪いことをしていましたが・・・)。特に嘘をついたり、兄弟喧嘩をしたときはなおさらでした。
父は昔から「世のため、人のためになれる人間になれ」と言っており、早朝から父に連れられて道のゴミ拾いに行ったものです。「子供のうちは誰かを助ける仕事はできないかもしれないが、こうしてゴミを拾えば誰かが気持ちよく散歩してくれる」、そう言って定期的に起こされていました。今となってはとても大事な教えだったと思っていますが、子供だった私は眠たいのと友達に見られたら恥ずかしいという気持ちが混じり、この頃から父のことを疎ましく思い始めていました。
休みの日もこちらの予定も聞かずに自分の都合で家族一緒に出かけることを優先していましたので、さらに心の距離ができ、私が高校生になるころには家の中で話すことはなくなっていきました。
当然、将来の進路も父の跡を継ぐ気は全くありませんでしたので、現役生の時の大学受験では歯科大学は一つも受験しませんでしたが、「自分の好きな道を選ぶといい」と言うだけで進路のことで干渉してくることはありませんでした。当時はお互い話すことが無かったので、私のことには興味が無いのだろうと思っておりました。
結局、希望する学部に入ることができなかったため浪人することになり、最終的に歯学部に入ることになるのですが、それは浪人時代の友人や先生の影響で決めたのであって、浪人時代も父は進路に関して何も言ってくることはありませんでした。

2000年頃には父の存在は歯科界でも有名になってきており、大学へ入学した私は父の母校の九大出身の先生たちから「歯は臓器なんだろ!」とか「お前の親父は昔から変わっている」「普通じゃない」などと大学内で言われることが多々ありました。私は言われること一つ一つを真に受けてしまい、「なんで父のことで私が何か言われなければいけないのだ」と憎しみに近い感情を抱くようになっていきます。大学に入ってからは一人暮らしを始めたということもあり、全く家に寄り付かなくなりました。
ただ、大学生活にも慣れてくるころには、最初はからかってきていた先生たちも普通になり、他の歯科学生とともに「普通」の歯科医師を目指した勉学に励んでいきます。大学生活も終わりに近づいてくるころには、私の頭の中に「歯は臓器」という存在は無くなっており、既存の歯科の常識でほとんどが埋め尽くされていました。
卒業後は実家には帰らずに自分の好きな道を進もうと思っており、跡を継ぐ気はありませんでしたので、普通の歯科医師ではない口腔外科医になろうと決意しました。口腔外科は外科処置や粘膜疾患などを専門とし、全身麻酔で口腔癌の手術を行うなど、普通の歯科治療は行わない歯科医師です。一応、そのことを伝えようと父に相談すると「自分の人生だから好きにするといい」と言われただけで、大学受験の時と同じ答えでした。
大学も最終学年になるころには、8階建てのビルの1フロアから始まった歯科医院も8フロアすべて借りるまでに大きくなり、治療台も29台あり、半数以上が県外から来られる日本最大級の歯科医院になっていたのです。私も少しだけ冷静な考えができるようになってきましたので、「なぜ父は多くの患者さんに信頼してもらっているのに、同業者の歯科医師から評価されないのだろうか」と疑問に思うようになりました。
「父と同じ道に行くつもりはないが、どのみち同じ業界にいれば比較されるだろう。だったらなぜ父が評価されないのかを知らなければ、いつまでも嫌な思いをすることに変わりはない。」「私を見る目は厳しいかもしれないが、跳ね除けるくらい成長してやる」と思い、その秘密を知るためと私を厳しく評価するであろう九大病院で研修医をすることに決めました。

研修医として働き始めたころは以前とは比較にならないほど多くの先生から父のことで声をかけられることになるのですが、どの先生に聞いても「歯は臓器」とはなんなのか。父が何をしているのか全然知らなかったのです。結局、私が今まで感じていた嫌な思いとは何の根拠もない中傷や嫉妬から始まった、ただの噂話だったのです。これまで私自身は父を避けてきましたし、父のやっていることを全く理解していませんでしたから、噂の真贋を見極めることなど到底できなかったのです。
このことに気が付いた頃には、もともとの目指していた口腔外科に入局し、大学院の研究と並行しながら臨床にも出ていました。
結果的に父の跡を継がないと決めて入った口腔外科での経験こそが父のことを理解し、私も「歯は臓器」であるということに気づかせてくれたきっかけになったのです。
口腔外科では歯科医師でありながら、患者さんの「口」だけではなく「全身」を見ていかなければならず、入院患者さんの健康状態を管理したりする必要がありましたので、内科的・外科的な視点で全身のことを学ぶことが出来ました。
歯科医師でありながら、歯だけではなく全身のことを見ながら患者さんを診察する。違った立場から歯科治療を見てみることによって、以前は理解できなかった「歯」が「口」の一部なのか「体」の一部なのかという問いに対してもなんとなく理解が出来るようになりましたし、「歯は臓器」ということに関しても何の違和感も抱かなくなっていきました。
私もそうであったように、多くの一般歯科の先生は「口」のなかの「歯」としかとらえていなかっただけだったのです。物差しとなる知識がなければ、正確に評価できない。
同じ歯科医師であっても「歯」に対する固定概念が邪魔して、以前の私のように「歯は臓器」を理解する物差しを持っていないだけなのです。

この頃から徐々に父と話す機会も増えていき、直接「歯は臓器」についても教えてもらうようになっていきます。
大学院の修了後、大学病院にて口腔外科医として充実した日々を過ごし、全身に関する知識や健康に関する情報、外科的な技術も十分習得できた2016年にむらつ歯科クリニックに就職し、父とともに働き始めました。
父と肩を並べて働いた期間はとても楽しい時間でした。実家ではほとんど話していなかっただけに、父が笑顔で話している姿を見るのが新鮮でしたし、私に教えるときは一生懸命伝えようとしていることが伝わってきました。この時初めて父と向き合って話せたような気がします。
父との師弟関係はこれからも続き、いろいろ学びながら「歯は臓器」を一緒に広めていくのだろうと思っていた矢先に父が倒れました。一緒に働き始めてわずか半年後のことです。

これまで父が25年間支えていた病院でしたし、一日たりとも休んだことが無かったので、存在がいなくなることの衝撃はとんでもないものでした。急遽私が代理院長を務めることになったのですが当然混乱の連続で、患者さんからは「院長がいないのであれば県外からわざわざ来なかったのに何で言ってくれないんだ」と言われることも多々ありました。
今思い返しても当時のことはよく覚えていないくらい、日々がむしゃらに父の代役をしていましたし、精神的にもかなりまいっていたのだと思います。
結局父は現場に復帰することはありませんでした。

当院の得意な治療として「かみ合わせ治療」があるのですが、これは父が長年かけて築いてきた職人技でした。そのため、かみ合わせ調整技術に教科書はなく、父は長年かけて後継者を作ろうと思っていましたが、誰一人としてできる人はいませんでした。

かみ合わせのバランスを整えるためには髪の毛一本分の非常に精緻な調整が必要な上、今のところ、万人に共通する定量的な「正しいかみ合わせ」の状態というのは誰も完成できていません。人それぞれと言う言葉がありますが、今の医療は、個性を無視して基準値、平均値、理想値などをベースに異常や正常の評価をしています。実際、口の中も理想平面や基準平面という表現で咬合を作っていきます。その部分に関しては決して間違っているとは思いません。
しかし、顔や顎なんて左右非対称が当たり前ですし、口の中も、同じ人などただ一人もいません。顔の形に正解が無いように、かみ合わせにも万人共通の正解はありません。みんな違って当たり前なのです。
私たちの考える「理想のかみ合わせ」とは個性正常咬合であり、人それぞれに最適なかみ合わせをつくることです。そのため、正確な基準となるものはあってないようなものですので、誰がやっても絶対にうまくいくというものではありません。そういう技術的な難しさや固定概念があるからこそなかなか技術の継承が出来なかったのかもしれません。

父と共に仕事ができたのはわずか6カ月であり、かみ合わせ治療を教えてもらえた期間もわずかなものでした。しかし、なぜか誰もできなかった技術が私には簡単にできてしまったのです。ただ、その中身は非常にシンプルで簡単で分かりやすいものでありました。死を意識した父がこれまでの全ての技術をそぎ落として真髄を伝えてくれたのだと思います。最後に一緒に治療をした日、父にとって生涯最後の患者さんを診ている時に何気なく教えてくれた最後の技術。今日でも使い続けており、この技術によって多くの方々を救うことができています。

これまでは父以外誰もできなかった、かみ合わせ治療。私が扉を開いたことによって、今では私の他にも数人の歯科医師がかみ合わせ調整を行えるようになりました。一人ができるようになると急に扉が開いたかのように世界が広がっていったのです。しかし、この治療法を広げていくためには、人に伝え、広げていくための理論を体系化していかなければなりません。日本中で口が原因で苦しんでいる人が多くいます。そのことを知らずにさまよっている人が多くいます。父がそのことに気がつき、命がけで走り続け、さまざまな抵抗を受けながらも信念を曲げずに「世のため、人のため」とひたすら突き進んだ25年間。ギリギリのところで私がバトンを受け継ぐことができました。
生前父はこう言っていました。「俺は幹をただひたすら大きく育てることしかできなかった。だからこの後、枝葉を自由に大きく伸ばしてくれ」と。

父から病院を託されてから、これまで、ひたすらに守ってきたことがあります。
それは、「先代の病院から変わらないようにしよう」ということです。
病院スタッフには「変わることは簡単、そもそもトップが変わった時点で、全く異なる病院となります。だからこそ変えないことの方が難しいですよ」と伝えています。この言葉には、私が小さい頃から父に言われ続けていたことが影響しているのだと思います。

「型崩れと型破りは違うんだぞ」

父も開業してから幾多の困難を乗り越えながら25年という歳月を過ごしてきました。私自身何も経験のないまま父の25年を受け継いだわけです。誰も指導してくれる人もおらず、また道を教えてくれる人もいないのですから、唯一の道標が父の歩いた道なのです。先代のいた時と変わらないようにすることができればきっと未来が見えてくる。そう信じてスタッフ一丸となってやってきて、今でも全国から多くの患者さんにお越しいただけております。何より、父がつくった「歯は臓器」という言葉が私の中にもしっかりと浸透し、自分の言葉として発信できるようになってくると、新しい素晴らしい出会いがいくつも待っていました。
今ではかみ合わせ治療では多くのアスリートを見せて頂くようになり、2019年には世界陸上に7名の選手を輩出し、金メダルも獲得しました。
また、歯から起こる全身不調を改善するだけではなく、再生医療を用いた全身を健康にするための新しい事業も動き出しています。

父が亡くなった後に母親と昔のことを話すことがありました。私が父のことを嫌っていたり、実家に寄り付かなかったことを聞いてみると、当時の父は私が心を開かないことを相当悩んでおり、いろいろ試みていたようですがかえって距離が出来ていったため最終的に見守るしかできなかったんだそうです。
親の心子知らずとは言いますが、会えなくなってからそのことを知るととても寂しいものですね。
父は私の前では口下手でしたから、いつもだまって見守ってくれていたのです。

「俺はやりたいこと全部やったから悔いはない。楽しい人生だった。だから大地も自分を信じて自由にやりなさい、どうせうまくいくんだから」。病床で父が最後に言ってくれた言葉です。
院長になりたての頃は行き詰まることがあると「お父さんならどうしていただろうか」とよく考えたものでした。今は「私がどうしたいか」を大切にしています。「どうせうまくいくのだから」と信じながら。
「歯は臓器、歯があるのが当たり前の社会から未病予防の世界を作りたい」
まだまだ道のりは長く険しいと思いますが、ニコニコ笑顔で命がけ!

きっと私の背中を父はだまって見守ってくれていることでしょう。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

Profile: 村津 大地(むらつ だいち)

村津 大地さん
医療法人むらつ歯科クリニック 院長
NPO日本歯臓協会 理事長
脂質改善シニアインストラクター
日本幼児脂質代謝協会理事。
MZK歯臓マスター
著書「不調の原因は歯にあった」
九州大学大学院にて博士課程修了後、口腔外科医として大学病院の診療に従事。歯科治療のみならず口腔癌をはじめとした様々な全身に関わる疾患を通して、「歯」と「人体」についての知識の研さんを積む。
歯科治療は「脳・細胞・細菌」のコントロールこそが重要であるという「歯臓治療」を広げるために精力的に活動中!
かみ合わせ治療によるアスリートサポートも行っており、2019ドーハ世界陸上に7名の日本代表を輩出。競歩の金メダル獲得にも貢献。
東京オリンピックに向けてアスリート支援中!!
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2015.05.10:大いなる自己との対話で学んだこと (天野 聖子(あまの せいこ))
2015.04.10:本物を求めて… (天野 聖子(あまの せいこ))
2015.03.10:“本物”のテンポは人生を変える (片岡 由季(かたおか ゆき))
2015.02.10:“本物”を創りだすテンポ (片岡 由季(かたおか ゆき))
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2013.12.10:カルシウム不足解消こそ健康への近道 (鹿本 剛(しかもと つよし))
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2013.10.10:2500万年前から現代人への贈り物 〜真空カルシウム〜 (鹿本 剛(しかもと つよし))
2013.09.10:カリカから、本物を学ぶ 〜本物を知ることで、人は・・・正直になれる (今尾 充子(いまお みつこ))
2013.08.10:科学的根拠を追求することで、“本物”とは何かを知る (今尾 充子(いまお みつこ))
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2013.06.10:綾からの発信 〜その3 母としての一筋の道〜 (郷田 美紀子(ごうだ みきこ))
2013.05.10:綾からの発信 〜その2 本ものへの道のり〜 (郷田 美紀子(ごうだ みきこ))
2013.04.10:綾からの発信 〜その1 本ものの定義〜 (郷田 美紀子(ごうだ みきこ))
2013.03.10:世界経済はなぜ不安定化したのか (力石 幸一(ちからいし こういち))
2013.02.10:500年のサイクルで世界を見てみる (力石 幸一(ちからいし こういち))
2013.01.10:情報とメディアの切っても切れない関係 (力石 幸一(ちからいし こういち))
2012.12.10:地球生態系の循環を考慮した新しい社会構想を考える (木内 鶴彦(きうち つるひこ))
2012.11.10:現在の社会構造 (木内 鶴彦(きうち つるひこ))
2012.10.10:地球生態系の中の人類 (木内 鶴彦(きうち つるひこ))
2012.09.10:触ればわかる ― 触診 (森 美智代(もり みちよ))
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2012.07.10:少食は世界を1つに、地球を天国にする (森 美智代(もり みちよ))
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2012.01.10:22世紀へ続く科学を求めて (清水 美裕(しみず よしひろ))
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2011.11.10:胎内記憶 (池川 明(いけがわ あきら))
2011.10.10:赤ちゃんと会話しながらお産する(池川 明(いけがわ あきら))
2011.09.16:念ずれば花ひらく 〜「花ひらくまで念ずる」〜(平良 和枝(たいら かずえ))
2011.08.12:外と内の世界をつなぐ大切な“お口”〜KAZUデンタルのお口の中は小宇宙〜(平良 和枝(たいら かずえ))
2011.07.10:〜はじめまして〜(平良 和枝(たいら かずえ))
2011.06.10 :EMによる原子力発電所における高濃度放射能汚染対策と使用済燃料の高度利用の可能性について
〜放射能対策に関するEM(有用微生物群)の可能性B〜(比嘉 照夫(ひが てるお))

2011.05.10:EMによる地域全体の放射能汚染対策
〜放射能対策に関するEM(有用微生物群)の可能性A〜(比嘉 照夫(ひが てるお))

2011.04.11:EMによる被曝対策
〜放射能対策に関するEM(有用微生物群)の可能性〜(比嘉 照夫(ひが てるお))

2011.03.10:発明と愛は脳が喜ぶ(矢山 利彦(ややま としひこ))
2011.02.10:船井理論は頭をよくする(矢山 利彦(ややま としひこ))
2011.01.01:脳、気功、武道、クオンタムシフト(矢山 利彦(ややま としひこ))
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